保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(57)
戦時下の教科書が教えた「超国家主義」

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太平洋戦争とからめて教える「ウサギとカメ」

   こうした無責任さは、日本の古典やヨーロッパの童話なども全て神話的ナショナリズムの改変に通じている。見事なまでに、である。イソップ物語のウサギとカメの話は、巧みにそのストーリーの一部が改変されて教えられるのである。

   この内容はウサギとカメが競走するわけだが、ウサギはカメが遅いので途中で居眠りしたり、油断したりするのだが、最終的にはカメが勝つという寓話である。この中で日本はカメであり、アメリカはにたとえられる。最終的にはカメ(日本)が勝つのだが、このことを教えるにあたって、教師たちには、小さい者、弱い者、遅い者が強い者、力のある者に対して勝つということを徹底して教えなさいというのである。かえって大きい者が負けることがある、と教えよ、ただし、決して油断すると負けるという教訓は伝えてはいけないと教師たちへの指導書では命じている。現実の太平洋戦争と絡ませて教えよという意味であった。

   こうした教科書には、軍部の軍官僚と文部省の文官がお互いの教育観をぶつけての戦いがあったようだが、現実に戦時下とあれば軍官僚の意見の方がはるかに力を持つに至るのは当然であった。海軍の軍官僚は音楽教育で、日本は海洋国家なのだから、勇ましい海軍の内容を子供たちに教えよ、と要求している。そうした唱歌に「ウミ」があった。

   「ウミハ ヒロイナ、大キイナ。ツキガ ノボルシ 日ガシズム。」が1番だが、「ウミニ オフネヲ ウカバシテ、 イッテ ミタイナ ヨソノ クニ」が3番である。海の向こうには他の国があることを教えたうえで、海国日本の少国民に海事思想を教え込め、と教師たちには指示が出されている。といってもこの歌は直接的には海の壮大さを歌っているのであり、解釈を軍事と結び付けなければ心が弾む歌謡である。戦後もまたよく歌われている。これなどは例外とも言えるだろう。付け加えておけば、「軍かん」という歌もあり、こちらは当時よく歌われていた。

「行け行け、軍かん、日本の国のまはりは、みんな海。海の大なみ こえて行け。」

   この歌を歌うときは、帝国海軍の使命やその実力を讃えることで、少国民の意識を高揚させ、戦争の進む道を示すようにというのであった。しかし、こうした音楽教育を受けた子供たちは、自由時間などで歌うときは軍事を強調する歌は口ずさまなかったという統計もあるそうだ。

   戦争を鼓吹する歌は、子供たちの心理には必ずしも印象に残らなかったとも言えるようだ。そのことは国語や修身についても同じで、子供たちの残した回想記には軍国主義教育は、それ自体が子供の成長に対する暴力のようなものではなかったかと結論付けていいように思う。

   近代日本(明治維新から1945(昭和20)年8月まで)から現代日本(1945(昭和20)年9月から現代まで)への移行期は、むろん戦争が分岐点になるわけだが、教科書の変遷は極めてわかりやすく、二つの時代を対比させてくれる。このことをもう一歩踏み込んで、近代と現代は児童生徒にどのような人物を理想像として教えてきたのか、を確認してみたい。(第58回に続く)




プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)『天皇陛下「生前退位」への想い』(新潮社)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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