井上尚弥「左ジャブ」から見る完勝の理由 マイク・タイソンに通じる「強打だけじゃない」強さとは

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   ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(27)=大橋=が2020年10月31日(日本時間11月1日)、米ネバダ州ラスベガスで防衛戦を行い、挑戦者ジェーソン・モロニー(29)=オーストラリア=を7回KOで下した。2度のダウンを奪う完勝でWBA王座4度目、IBF王座2度目の防衛に成功。ボクシングの本場ラスベガスで圧巻のKO勝利を飾った「モンスター」は今後、4団体統一を目指していく。

  • 井上尚弥
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モロニーの選択肢は「アウトボクシング」一択しか...

   約1年ぶりのリングとなったラスベガス決戦。挑戦者は世界上位ランカーとはいえ、今回のタイトル戦に関しては、世界のボクシング関係者やファンの関心は、井上がモロニーを「何ラウンドに倒すのか」にあっただろう。スーパースターの宿命というべきかもしれない。ラスベガス初陣の井上に求められたのは「圧倒的勝利」であり、格の違いを見せつけることだった。

   注目された井上の立ち上がりはやや硬さがあった。モロニーは高いKO率を誇り、ガードが堅いボクサーだ。モロニーのガードをこじ開けるのは井上とて簡単なことではない。この日、井上は2度のダウンを奪った。6回に左のショートフック、そしてフィニッシュブローとなった7回の右カウンター。井上の試合ではついその強打に目が行きがちだがこの日、際立ったのは左ジャブだ。

   モロニーは井上対策としてラスベガスに5人のスパーリングパートナーを招へいし、パートナーそれぞれが「仮想井上」となりスパーリングを積んできた。モロニー陣営としては、あらゆる展開を想定していたに違いない。しかしいざ試合開始のゴングが鳴らされると、モロニーの選択肢は「アウトボクシング」一択しかなかった。井上の左ストレートといえるほど威力のある左ジャブがそうさせたのだ。

元ヘビー級王者タイソンも高度なジャブの技術を...

   この日の井上の左ジャブはスピード、キレともに抜群だった。世界トップクラスのモロニーといえども懐に入ること出来ない。モロニーにしてみれば、左ジャブを警戒してガードを上げれば、隙間のできたボディーに左が突き刺さる。左ジャブを右で叩けば、左フックが飛んでくる。足を止めて中間距離で戦いを挑むにはリスクが高すぎると判断したのだろう。モロニーはアウトボクシングに徹した。

   ボクシングにおいてパンチ力がそのままKOに結びつくとは限らない。パンチを当てる技術はもちろん大切だが、いかにフィニッシュブローにつなげるか。そのプロセスもまた重要な要素となる。井上に限らず、世界のハードパンチャーと呼ばれるボクサーはずば抜けたパンチ力を誇る一方で、巧みに左ジャブを操り、そこからKOにつなげるボクサーも少なくない。

   驚異的な破壊力を持つパンチで世界を驚愕させた元ヘビー級統一王者マイク・タイソン(米国)も高度な左ジャブの技術を持ったボクサーのひとりだ。タイソンのKOシーンは一撃の印象が強いが、フィニッシュブローに至るまでに左ジャブは欠かせない「要素」のひとつだった。

「左を制する者は世界を制す」

   タイソンのボクシングスタイルは頭を小刻みに振りながら細かい左ジャブを連打し、相手の懐に飛び込んでいく。速く、威力のある左ジャブは効果的で、相手がガードを上げればボディーを攻め、顎の前にグローブを持っていけば左フックを叩き込む。ド派手なボクシングのイメージが強いタイソンだが、ボクシングスタイルは基本を重視した堅実なもので、井上のボクシングスタイルに通じるものがある。

   ボクシングの世界には「左を制する者は世界を制す」という言葉がある。ここでいう「左」とは左ジャブを指す。ひとくちにジャブといっても戦略上、様々な使い方がある。相手の出鼻をくじくジャブ、けん制のジャブ、コンビネーションにつなげるためのジャブなどがある。ジャブは最も基本的なパンチかつ、最も数多く放つパンチだ。一流といわれるボクサーは必ずといっていいほど高度なジャブの技術を持ち合わせている。

   米スポーツ専門局「ESPN」は、今回のタイトル戦における井上、モロニーが放ったジャブの総数と着弾数をデータ分析している。データによると、井上のジャブの着弾率は27%で、モロニーは14%となっている。この数字が示すのは、井上の左ジャブの正確性と防御技術の高さである。左ジャブで試合を支配し、最後は期待通りにモロニーをキャンバスに沈めた。これぞ世界の「モンスター」という戦いぶりだった。

   敗者は完敗を認め、王者は次なるステップへ視線を向けた。井上の当面の目標は4団体統一王者で、残るベルトはWBCとWBOの2つ。世界のバンタム級は井上を中心に回っており、いずれ王座統一戦の機会は訪れるだろう。ファンの期待に応えるからこそのスーパースターであり、井上はすでにその域に達している。今回は新型コロナウイルスの影響でラスベガスデビュー戦は無観客開催となったが、「モンスター」が聖地ラスベガスで世界中のファンを震撼させる日はそう遠くないだろう。

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