「左を制する者は世界を制す」
タイソンのボクシングスタイルは頭を小刻みに振りながら細かい左ジャブを連打し、相手の懐に飛び込んでいく。速く、威力のある左ジャブは効果的で、相手がガードを上げればボディーを攻め、顎の前にグローブを持っていけば左フックを叩き込む。ド派手なボクシングのイメージが強いタイソンだが、ボクシングスタイルは基本を重視した堅実なもので、井上のボクシングスタイルに通じるものがある。
ボクシングの世界には「左を制する者は世界を制す」という言葉がある。ここでいう「左」とは左ジャブを指す。ひとくちにジャブといっても戦略上、様々な使い方がある。相手の出鼻をくじくジャブ、けん制のジャブ、コンビネーションにつなげるためのジャブなどがある。ジャブは最も基本的なパンチかつ、最も数多く放つパンチだ。一流といわれるボクサーは必ずといっていいほど高度なジャブの技術を持ち合わせている。
米スポーツ専門局「ESPN」は、今回のタイトル戦における井上、モロニーが放ったジャブの総数と着弾数をデータ分析している。データによると、井上のジャブの着弾率は27%で、モロニーは14%となっている。この数字が示すのは、井上の左ジャブの正確性と防御技術の高さである。左ジャブで試合を支配し、最後は期待通りにモロニーをキャンバスに沈めた。これぞ世界の「モンスター」という戦いぶりだった。
敗者は完敗を認め、王者は次なるステップへ視線を向けた。井上の当面の目標は4団体統一王者で、残るベルトはWBCとWBOの2つ。世界のバンタム級は井上を中心に回っており、いずれ王座統一戦の機会は訪れるだろう。ファンの期待に応えるからこそのスーパースターであり、井上はすでにその域に達している。今回は新型コロナウイルスの影響でラスベガスデビュー戦は無観客開催となったが、「モンスター」が聖地ラスベガスで世界中のファンを震撼させる日はそう遠くないだろう。