外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(25) 知床で考える「自然と文明」の境界

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新型コロナウイルスと自然

   獣医学博士である石名坂さんにとって、「新興感染症」や「再興感染症」は基礎知識だった。人間と動物の境界があいまいになれば、動物を介して人間がウイルスや細菌などの病原体をもらう確率は高まる。

   だが以前であれば、人に感染した場合に、一つの僻村が全滅し、多少周辺に広がることはあっても、局地的な感染で収まった。エボラ出血熱、マークブルグ熱、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、いずれも日本にまでは拡がらなかった。だがこれだけグローバル化が進み、人の往来が頻繁になれば、感染もまたグローバル化し、瞬時に広がる。

   日ごろから野生動物の生体や死体に接している石名坂さんは、つねに未知の病原体をもらうリスクを意識し、同僚らにも警戒を呼び掛けている。目に見えないウイルスなどを、常に意識せざるを得ない日常だ。だがその人にして、今回の新型コロナについては、「とうとう日本も巻き込まれか」と、ひたひたと足元に押し寄せる脅威を実感したという。

   日本でいえば昭和の時代まで、野生との遭遇には特有のステレオタイプがあった。発展途上国で開発が進み、野生動物の領域に人が入ることによって、未知のウイルスに感染する、というパターンだ。

   しかし今起きつつあるのは、むしろ人の領域である都市に野生動物が侵入し、そこから感染が広がるという可能性だ。人獣共通感染症は、必ずしも人から人への感染にはつながらない。しかし、コウモリが宿主といわれる今回の新型コロナのように、変異して猛威を振るう潜在的な可能性は、つねにある。

「野生動物から直接でなくとも、マダニなどを介して感染するリスクもある。エゾシカやヒグマの耳などにはマダニがたくさんいる。北海道ではダニ媒介性ウイルス脳炎(TBE)による死者がすでに確認されている。同じくマダニが媒介するライム病も、ハンターや自衛隊員など、ヤブに分け入る職種や属性の人だけの問題では、もう既になくなっていると感じています」

   こうしたマダニ媒介の感染症においては、今のところ、ヒト・ヒト感染は確認されていない。しかしそれも、「今のところは」という前提つきだ。

   石名坂さんは、従来の「開発型」接触とは逆の「都市に棲みついた野生動物からの感染」リスクの例として、北海道に多い「エキノコックス感染」を挙げる。

   エキノコックスは、寄生虫による人獣共通感染症だ。幼虫を肝臓内に宿した野ネズミなどを食べたキツネの糞便に含まれていた虫卵が川の水や野菜などに紛れ込み、それを経口摂取した人が肝機能障害を引き起こす。放たれた犬がうっかり野ネズミをかじったりすれば、飼い犬の糞から虫卵が排出されることもある。

   石名坂さんの話をうかがっていると、新型コロナだけでなく、世界は感染症に囲まれており、その脅威がひしひしと迫っているように感じられる。だが、それは石名坂さんにとっては「常識」であり、今に始まったことではないのだ。

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