外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(25) 知床で考える「自然と文明」の境界

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解決の糸口はあるのか

   では、解決の糸口はないのだろうか。

   私はその日の午前中、知床第一ホテルの上野洋司会長(72)にお目にかかった。

   上野さんは8年前、「知床自然大学院大学設立財団」を作ろうと呼びかけた一人だ。これからは、ただ自然を守るだけでなく、野生動物や環境について専門知識を持ち、地域住民と対話して合意を形成する「ワイルドライフマネジャー」の育成の場が必要という考えだ。また、研究機関として、「共生の思想」を深め、全国に発信する役割も期待している。

   設立財団はこれまで4回、知床をフィールドに学生や社会人が学ぶ「知床ネイチャーキャンパス」を行ってきた。日本学術会議の提言を受けて、環境省なども今年から、野生動物対策のための人材育成カリキュラムの検討を始めており、知床の取り組みは、その先行例として注目を集めそうだ。

   ところで、上野さんのホテルがある斜里町ウトロは06年、斜里町によって集落全体を高さ3メートル、全長3・6キロの柵で囲われた。エゾシカの侵入を防ぐためだ。柵には電気ワイヤーもつけられ、ヒグマも入れない。この柵の設置を提案したのが、上野会長だった。会長は、ホテル敷地の裏にある柵まで案内をしてくださりながら、こう説明してくれた。

「以前、このホテルの裏で、春先に何度かヒグマが小鹿を追いかけてくるのを見た。集落に鹿もクマも入れず、自然との共生を図るには、こうするしかないと思いました」

   こうして電気柵を使って「境界線」を引くことが、解決法の一つだ。しかし、電気柵は海岸や海中には引けず、往来が頻繁な国道にも引けない。そうした死角を通って迷い込むヒグマは、逆に柵がある故に安全な追い払いが難しくなり、射殺するしか方法がない場合も多い。

   第二の糸口は、観光客の移動をデザインし直すことだ。環境省や斜里町などでつくる「知床国立公園カムイワッカ地区自動車利用適正化対策連絡協議会」は今年10月の3日間、知床五湖につながる道路でマイカーからシャトルバスに乗り換えてもらう社会実験を行った。マイカーでの通行を避け、自然ガイドが野生動物について解説しながら、無料のシャトルバスで往復する実験だ。

   これは「MaaS」(Mobillty as a Service)に向けた実験の一つだ。これはあらゆる交通手段を統合し、最適化を図ることで、快適で自由な移動機会を提供するサービスを指す。公共交通機関だけでなく、車や自転車のシェアリング、将来は自動運転などあらゆる交通手段を組み合わせ、スマホのアプリ一つでルート検索から予約、決済までを完結させるシステムといえる。

   もともと観光客にマイカーやレンタカーが多いのは、地元の公共交通機関が不便という理由からだ。これまでも8月にはカムイワッカ方面行きのシャトルバスがあるが、減便傾向にあり、経営的にも厳しい。だがこれからは自然環境の保全と観光利用の両立を図るために、何とか人とヒグマの接触や軋轢を避けなくてはならない。

「観光客や地域住民の人身事故が起きてからでは遅い。道路わきの草刈りでヒグマが潜みにくい環境づくりをしたり、ヒグマを誘引する不法投棄ゴミを回収したり、我々や地域ではあらゆる手を尽くしています。でも、お願いベースを変えていかないと、対策が後手に回って、いつ事故が起きてもおかしくない。それが『THE LIMIT』の現実です」
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