J-CASTニュースでは2020年7月27日、以下のような記事を配信いたしました。
YouTube著作権「虚偽申請」の闇 赤の他人が収益をかすめ取る...その手口とは?(以下、当該記事)
当該記事は、YouTube上にJASRAC管理楽曲のカバー歌唱動画(いわゆる「歌ってみた」)を投稿したユーザーの元に、複数の団体から著作権を主張する通知が寄せられたことを取り上げたものです。
当該記事では、通知を行ったのが、著作権を管理するJASRAC以外の団体であったことなどから、これらの通知が「虚偽」のものであると捉え、その認識のもとに、法的問題や運営側の対応について取材を行いました。
しかしその後の再取材の結果、当該記事における通知は「虚偽」ではなく、JASRACと提携し、正当な権利を持つ海外の著作権管理団体によるものであることが明らかになりました。
そのため、当該記事の内容を撤回し、10月29日をもって削除いたしました。関係者の皆様、そして読者の皆様に、心よりお詫びを申し上げます。
このようなことを繰り返さないよう、これまでにも増して、取材に万全を尽くすとともに、編集部によるチェックの徹底を心がけたいと存じます。
これからもJ-CASTニュースをどうか、よろしくお願い申し上げます。
(J-CASTニュース編集長 竹内 翔)
今回、YouTube上での海外団体への著作物使用料の配分について、再取材を通じてわかった内容を下記にまとめています。
(1)JASRACは海外の著作権団体と提携しており、海外で発生した使用料は提携団体が徴収
JASRACなどの著作権管理団体は、YouTubeと包括契約を結んでいます。このため、包括契約を結んだ団体が管理する楽曲をカバーした動画の投稿者は、個々に使用料を支払う必要はなく、団体側にはYouTube側から収益が入る仕組みになっています。当該の動画は、JASRACが管理する楽曲をカバーするものでした。
しかし世界各国で視聴できるYouTubeでは、動画が日本以外の国で視聴された分については、その国での当該曲の著作権者あるいは著作権者と契約した契約団体が、視聴により発生した著作物使用料を受け取る仕組みを導入しています。JASRACはこの仕組みを、
「JASRACのレパートリーが、契約している海外の団体の管理地域で利用された場合は、その団体がJASRACに代わって許諾、徴収を行い、直接JASRACか、JASRACとその地域の音楽出版者(SP=サブ・パブリッシャー)に使用料を送金します。 逆に、契約団体の管理するレパートリーが日本で利用された場合には、JASRACが、許諾徴収を行い、その団体か日本のSPへ使用料を送金します」
と公式サイト上で解説しています。
例えばJASRACでは、2020年4月からアメリカのMuserk社とYouTubeでの動画収益に関して管理委託契約を締結しています。アメリカ国内で視聴されたJASRAC曲のカバー動画の著作権料は、Muserk社が受け取ることになります。
これに伴いサイト上に掲載された文章の中でJASRACは、YouTube上で投稿者には、「Muserk Rights Management」が権利を有するという通知が来ることがあるとしたうえで、下記のように説明しています。
「その案内は『あなたの動画に含まれる音楽の著作権料を Muserk 社(Muserk Rights Management)が YouTube に請求する』ことを示すもので、動画をアップロードしたユーザーの皆さまへの権利侵害の申し立てではありません。YouTube の仕組み上、著作権侵害の申し立てがされたかのように見えることがありますが、動画を削除したり、非公開化する必要はありません。Muserk 社は JASRAC が米国における YouTube での配信に伴う録音権使用料の徴収を委託している正当な権利者ですので、YouTube へ異議を申し立てる必要もありません。なお、Muserk 社は JASRAC から付与された権限にもとづき動画の削除や公開制限を行うことはありません」
(2)通知を行った団体は、JASRACが提携する実在する海外団体の可能性が高い
当該記事で投稿者に通知が来た団体名は、APRA_CS・SOCAN・CASH・MUST_CS,・MACP・SUISA_SESAC_CSの6団体でした。
ネット上では、これらの団体からの通知を受けたユーザーなどが、当該記事で取り上げた投稿者と同じように「不当な通知」であると認識、言及しているウェブサイトが複数存在します。
しかし今回の再取材で、上記の6団体はいずれも、JASRACが海外各国でJASRAC管理楽曲の著作権を管理する契約を結んでいる団体とみられることが確認できました(APRA_CS:オーストラリア、SOCAN:カナダ、CASH:香港、MUST:台湾、MACP:マレーシア、SUISA_SESAC_CS:スイス)。
この6団体に取材を行ったところ、SUISAとMUSTが取材に応じ、確かにJASRACと著作権管理の契約を結んでおり、その契約に基づいてJASRAC管理曲を使用した動画への申し立てを行い、収益を受け取る場合があると説明しました(いずれも編集部訳)。前出のJASRACと米Muserk社の関係と同様に、これらの団体はその国でJASRAC管理楽曲の著作権にかかわる収入を得る権利があり、YouTubeのカバー動画投稿者にも通知を行う可能性があるということです。
(3)YouTubeで「Content ID」を利用できるのは、審査を通過した著作権者のみ
このような、著作権者からユーザーへの通知は「Content ID」というシステムによって行われます。今回の再取材に対し、YouTubeは以下のようにContent IDの概要を答えています。
「Content ID は、レコード レーベルや映画製作会社等、大規模なコンテンツを運営しており、複雑な権利管理ニーズがある企業や組織が YouTube 上で知的財産を簡単に管理するためのツールです。
仕組みとしては、YouTube にアップロードされた動画を、著作権者が登録したファイルのデータベースと照合しスキャンします。Content ID により、権利を所有しているコンテンツに一致するコンテンツが見つかった場合、著作権者側からは以下のような対応策を行えます。
・閲覧できないよう動画全体をブロックする
・動画に広告を表示させて、権利者が当該動画の収益化が可能
・動画の再生に関する統計情報を追跡する
動画の投稿者は、Content IDの申し立てを受けているかどうかを確認することができます」
Content IDはこのように著作権者が使用する権利があり、利用資格については
「YouTube は、一定の基準を満たす著作権者のみに Content ID の利用資格を付与しています。利用の承認を受けるには、YouTube クリエイター コミュニティによって頻繁にアップロードされるような大量コンテンツの独占的権利所有者である必要があります。
また、YouTube は Content ID の使用方法について明確なガイドラインを定めています。YouTube は Content ID の使用と異議申し立てを継続的に監視し、これらのガイドラインが守られていることを確認しています。誤った申し立てを繰り返すコンテンツ所有者に対しては、Content ID へのアクセスを無効にしたり、YouTube とのパートナー関係を解消したりすることがあります。」
と著作権者向けのヘルプページで解説しています。
このようなYouTube側のContent IDの利用資格付与については、音楽著作権を管理する株式会社NexTone執行役員の伊藤圭介氏も取材に応じ、
「現在は厳正で、少なくとも著作権運用においては、詐欺のケースはほとんど見受けられません。国内だけでなく、海外の権利者(著作権者)が日本の楽曲を登録していれば、自動的にカバー動画に通知が行われますが、そのような正当な通知に異議申し立てを行っても拒否されることがほとんどです」
と話しています。そして前述のように、Content IDの利用者は動画に対し「ブロック(閲覧停止)」「マネタイズ(動画の広告収益を受け取る)」「トラッキング(情報追跡)」の3つの選択肢を選ぶことができ、現在は大半の権利者はマネタイズを選ぶと答えました。
著作権者によるYouTube動画への対応については、伊藤氏は
「かつてユーザーが自由に音楽を使用した動画を投稿していた時代は、権利者が本来得られるべき利益が正しく得られていなかったともいえます。かつては動画を発見次第削除することで対応していましたが、世界的には動画から広告収益を得て、権利者(作曲者・レーベル・アーティスト・著作権団体など)の間で適正に分配していこうという流れになっています。権利者側からこのような潮流をユーザーに知ってもらう取り組みも進めている途上ですが、第三者の音源や映像を使用していないカバー動画については、権利者(著作権者)から通知が来たとしても投稿者も広告収益を受け取ることは可能です。通知がなされた動画に対して『収益分配プログラムを有効にする』という選択をすれば、総収益から比例配分された分が得られます」
と解説しました。そしてNexToneとYouTubeで結んだ包括契約について、
「当社はYouTubeとの包括契約に基づき、世界中のYouTube視聴データを高い精度で把握して直接使用料をいただくことが可能となっています。国内で視聴された動画に加え、当社の管理作品を使用した動画で海外から視聴された分についてもデータエクスチェンジという機能を用いて、Content ID登録コンテンツの視聴実績に応じて使用料を分配しています。視聴回数に比例して動画ごとの収益を算出し、権利者への分配を実現しています。このデータエクスチェンジを用いた運用は世界の著作権者に浸透しています」
と話しています。
(4)楽曲はフィンガープリントマッチによって自動的に検出される
Content IDの具体的な運用方法についてYouTubeは、
「Content ID で著作物を管理する著作権者は、あらかじめ、YouTube に対象となるコンテンツのファイルを提出する必要があります。一般的に投稿者の動画は、アップロード時に自動的にスキャンされ、各著作権者が提出したファイルとの間で自動的にフィンガープリントマッチが行われます。その結果、一致が検出された場合、著作権者が選択するポリシーに従って、動画に対する申し立てが行われます」
と回答しました。著作権者が音源・映像などをデータベース登録し、投稿動画をフィンガープリントマッチというシステムで自動的に判定し、申し立てが行われるシステムです。音声データについてはメロディマッチングという機能で動画の投稿後直ちに判定がされ、また映像(PVなど)についても著作権者が登録したデータに基づいて判定されます。
なお、JASRACが提携する団体は世界各国に存在しますが、今回の投稿に対して届いた通知は、その一部の6団体のみでした。またYouTubeユーザーからは、同じ楽曲を使用した複数の動画でも、通知を送ってくる団体名が異なっていたり、著作権フリーの音源を使用した動画にもContent IDによる通知が来るという体験談があります。これについてYouTubeは、下記のように説明しています。
「原因に関しては個別事例になるためお答えできかねますが、YouTubeでは、異議申し立てのプロセスを設けて、投稿者著作権侵害の判断に誤りがあると思われる場合、または申し立てが行われたコンテンツを動画内で使用する権利を所有している場合には申し立てをお願いしています」
NexToneの伊藤氏は、各国の著作権団体によって運用が異なっているのではないかと推測しています。ある曲をA国の団体ではContent IDに登録しているがB国の団体では登録していない、といったことが考えられます。加えて、自動運用に任せている団体もあれば、マニュアルでメロディマッチングの精度を高めている団体もあるのではないかと推測しています。
また著作権フリーの楽曲を使用しても通知がなされる理由も、実は著作権フリーではなく管理団体に登録されていたり、メロディマッチングの精度が完全ではないため、酷似する音声の波形に誤って一致する、といった可能性があると伊藤氏は取材に答えています。
(5)まとめ
以上の再取材の結果をまとめると、当該記事の主題となる通知については、海外の実在する著作権管理団体によって行われた、正当なものであるとみなさざるを得ません。
当方の取材不足であり、誠に申し訳ございませんでした。関係者の皆様、読者の皆様に、重ねてお詫びを申し上げます。