岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
討論会の夜、NYの街頭で聞いた「トランプ支持」

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   「ここは本当にニューヨークなのか」。狐につままれたような夜だった。民主党支持者が圧倒的に多いニューヨーク市。しかもその傾向がさらに強いマンハッタンの中でも、よりリベラルな地域にも関わらず、米大統領選最後の討論会(米現地時間2020年10月22日)の夜、バーやレストランで言葉を交わした人たちの多くが、意外にもトランプ大統領への支持や好意を示した。

   私が訪ねたいくつかの店の中にはバーもあり、男性客が多かったが、女性同士やカップルも少なくない。コロナ感染や治安の悪化を恐れ、民主党支持者や女性は夜、自宅にいることが多いこともあるのだろうが、ニューヨークらしからぬこの夜の様子を伝えよう。

  • 大統領選の最後の討論会をニューヨークのバーで見る人たち(2020年10月、筆者撮影)
    大統領選の最後の討論会をニューヨークのバーで見る人たち(2020年10月、筆者撮影)
  • 大統領選の最後の討論会をニューヨークのバーで見る人たち(2020年10月、筆者撮影)

前回は民主党支持が圧倒的だった市民

   4年前の大統領選で、ニューヨーク市では79%がクリントン氏、19%がトランプ氏に投票した。マンハッタンではさらにその差は大きく、トランプ氏に投票した人はわずか10%だった。

   新型コロナウイルスの影響で、ニューヨークではレストランやバーの店内で人数を制限すれば飲食できるが、感染を恐れて外のテーブルを利用する人が多い。バーでも食事ができるため、女性客の姿も見られる。

   討論会を見ることができる店を探すのは、結構、大変だった。リベラルな高級住宅地アッパーウエストサイドにあるバーを訪ねると、店主らしき男性が言った。

「うちの店では大統領選の討論会は流さないよ。政治と宗教と居眠りは禁止。それが暗黙の鉄則さ。暴力沙汰になるのは、ごめんだ」

   同じ時間帯に地元ジャイアンツのフットボールの試合が行われたため、そちらを流し、討論会は「音声なし字幕付き」という店も少なくない。

「トランプは、バイデンみたいに偽善的じゃない」

   その夜、討論会の3時間前に別の店に立ち寄り、男性客の1人に何気なく、「この街は民主党支持者が多いから、トランプ支持者の声も聞きたいのよね」と話すと、「僕、そうだよ」と手をあげた。この街では、トランプ支持を口にするのを、はばかる人が少なくない。

   その男性は近所に住み、仕事でテキサス州ダラスと行き来する生活をしているという。

   「ダラスは共和党寄りだから、こことは対照的だよ」と笑った。

   別の店の外で、夫婦らしき2人が食事していた。誰を支持しているか私が尋ねる前に、「トランプ支持よ。あなた、トランプのことを話せる人がいて、よかったわね」と、女性が目の前の男性に言った。

   女性は「討論会は家に帰って、ソファで見ないと」と笑う。民主党支持者に囲まれているのは、居心地が悪いという。その後、地下鉄に乗り、グリニッジビレッジへ向かう。若者の多いリベラルな地域だ。9月29日に最初の討論会を客に混じってテレビで見た店に立ち寄った(この連載「バーの客も怒鳴り合う大統領戦討論会の夜」で取り上げた)。

   店の前にいた男性が、「あの時、ここで会ったね」と声をかけてきた。一緒に討論会を見た民主党支持のメキシコ系アメリカ人だった。

   そこへ、背の高いスリムな黒人男性(37)がやってきた。

   彼は大学在籍中の19歳の時に友達と起業し、成功した。民主党支持者だった彼は、企業をきっかけに共和党を支持するようになった。4年前にはトランプ氏に投票した。

   開口一番、「トランプがろくに税金を払わなかったと言われているけど、ビジネスをしていると、抜け穴がいろいろあるんだ。僕も同じことをしている。バイデンになったら、税金が高くなるよ」と言った。

   彼は私に向かって続ける。

「君や僕のようなマイノリティのことなんか、共和党も民主党もどうでもいいと思ってるのさ。でも少なくともトランプは、バイデンみたいに偽善的じゃない。バイデンが『もし私かトランプか迷っているとしたら、君は黒人じゃない』って言ったけど、黒人だったら当然、自分に投票する、ってことか?」

   最初の討論会の時、このバーで会った別の黒人青年も、同じことを言った。

「警官の手で黒人が殺される事件は、前からいくつもあった。今回の事件では、選挙前に混乱を起こして国を二分するために、黒人の死が政治利用されたのさ」

   彼は共和党支持に変わったものの、オバマ大統領に2度、投票した。

「オバマの社会福祉政策を支持したけれど、経済政策は賛成できないものが多かった。でも彼は、黒人でも大統領になれると、僕らに自信を与えた。認められるのに、人一倍、努力が必要かもしれない。時間がかかるかもしれない。でも黒人にもできるという自信が、必要なんだ」

「Anybody but Trump!(トランプ以外なら誰でもいい)」

   もちろん、反トランプの声も根強い。

   先ほどのバイデンの黒人をめぐる発言について、同じテーブルの白人男性デミアン(40、建設業)が、「あれはほんの冗談さ」と擁護。「俺は組合の労働者だ。組合はトランプを快く思っていない。あの身勝手な狂人がすべてをコントロールし、政治を変えてしまった。ニューヨークは民主党が強いから、俺の一票で何が変わるわけじゃないけど、トランプに反対の一票を投じたと言いたいから、投票する」と言い、「Anybody but Trump!(トランプ以外なら誰でもいい)」と繰り返した。

   前回もここで会った人が、もう1人いた。「トランプには絶対、再選してほしくない」と言い、女性に対する差別について、黒人男性と口論していた若い女性(23、コンピュータープログラマー)だ。

   「世界中で嫌われているトランプが、この国の大統領であることが、本当に恥ずかしい」と言い、今回は大学時代の男性の友人ケント(22)と一緒に、テレビの前にかじりついて、討論会を熱心に見ていた。

   ケントは、中国系アメリカ人だった。

「中国系の多くは共産主義をものすごく恐れているから、民主党を社会主義と結びつけて考える人たちも多い。実際はどうかわからないし、彼らがよく理解しているかどうかもわからないけれどね。トランプへの反発の声ももちろんある。この10年くらいで共和党も民主党も極端に走り、分断が大きくなった。視聴率を稼いで政治利用するために、メディアが恐怖をあおり、分断をあおっている。二大政党制にはもう、うんざりだ。4年前も今回も、リバタリアン(自由至上主義)の候補に投票した(今年は不在投票)。リバタリアンが勝つことはないけれど、より多くの人が投票すれば、これから政党が大きくなっていくだろう」

   米国のコロナ感染をトランプ氏が中国のせいにしていることについては、「それは事実だよ。中国政府が情報を隠していたし」と答えた。

「バイデンに投票したが、勝つのはトランプ」

   その店から歩いて数分の店では、外に4台のテレビが置かれ、4台とも討論会を映していた。討論会でロシアとイランの選挙妨害の話題が上がると、「他国の選挙妨害をしているのは、アメリカだ」「そうだよ、イランとかロシアとか」と言い合っている2人がいた。

   中東で育ち、英米に国籍があるインド系男性(26)と、シリア系アメリカ人男性(27)だった。2人ともトランプ氏に投票するという。

   インド系男性は、「僕らは2人とも高学歴で科学者なんだ。政治についてもいろいろな情報を入手して、客観的に分析している」と話し、「バイデンはFRB(連邦準備制度理事会、米国の中央銀行)の影響を強く受けている」と批判した。

   シリア系男性は、「この国、そして世界を動かし牛耳っている勢力『エスタブリッシュメント』と、トランプは闘っている」と評価した。

   その隣にテーブルには、カリブ海にあるトリニダード・トバゴ出身のアメリカ人2人と、店員の白人女性がいた。彼女はすでにバイデン氏に投票したが、「勝つのは誰か、わかってる。トランプよ。支持者たちの思いは、変わらないわ」と言い捨てて、店の中に入っていった。

   男性2人は、トランプ支持者だった。

   隅の席で1人でコーヒーを飲んでいた白人男性ポール(73)が、男性2人に向かって、「お前たちが誰に投票するか、内緒にしておいてやるからな」と笑った。

   この人は店の常連だという。4年前はトランプ氏に投票した。

「オバマが連邦政府の負債を2倍にした。民主党にはもう任せておけない。金のことがわかる人間が必要だ。そう思ったからだ」

   トランプ氏が「人工妊娠中絶」と「銃規制」に反対しているため、今回は誰にも投票しないが、どちらか選ばなければならないとしたら、迷わずトランプ氏を選ぶという。「人工妊娠中絶」を支持するが、育てられない子供の命を守るために、それ以前に「避妊」の必要性を強く感じている。

   ポールは、トランプ氏が再選、しかも圧勝すると予想する。

「アメリカ人の多くはまだ、保守的だ。5か月前から高まった黒人差別運動に便乗した暴動で、ビジネスがめちゃくちゃにされ、人が殺された。あれで彼らは、何かを手に入れたのか。『秩序を取り戻す』と力強く訴えたのは、トランプだ。バイデンには、強さがない。民主党で最良の候補が彼しかいないのは、悲しいことだ」

   店には民主党支持者も多くいたはずだが、彼らは臆することなく自分の考えを話していた。そして、この街では珍しく、彼らに喧嘩をふっかける人もいなかった。

   ニューヨーク市は今でも圧倒的に民主党支持者が多いはずだから、じつに不思議な夜だった。

   翌日、トランプ氏を毛嫌いしているドアマン2人が私の顔を見るなり同時に、「討論会を見たか」と聞いてきた。

   西アフリカのマリ共和国出身(54)と、プエルトリコ系(50代)のアメリカ人だ。そしていつものように、大声でトランプ批判を繰り広げた。

「前回よりはまともだったけど、嘘八百は相変わらずだ」
「トランプは自分のことしか考えていない」

   締めの言葉は、やはり「Anybody but Trump!」だ。

   投票日まであと10日。運命の日がやってくる。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

   
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