保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(56)
「昭和の戦争」と国定教科書

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慰問袋に入れる文章を生徒に書かせる

   この3点を個別に見ていくと、陸軍の焦りが見えてくる。焦りは強圧的な態度で国民生活の隅々にまで皇国精神を浸透させようとしていたのである。具体的に教科書を見ていくと、国民学校の一年生の国語の教科書では、「ヘイタイサン ススメ ススメ チテ チテ タ トタ テテ タテタ」に変わっている。ラッパで兵隊が行進するのを表している。音楽の教科書も最初は「兵隊サン」である。次のような歌詞だ。

「兵隊さん 鉄砲かついだ 兵隊さん 足並みそろえて 歩いてる とっとことっとこ歩いてる 兵隊さんは きれいだな 兵隊さんは 大すきだ」

   教師用の指導書に書かれたこの歌を、児童生徒に歌わせよというのである。つまり男子の児童は軍人に憧れるように教育せよという命令であった。それが国民学校の教科書に通底する精神であった。習字なども「日ノ丸ノハタ」を書かせるのである。2年生の修身の教科書には 「兵タイサンヘ」というページがある。慰問袋に入れる文章を生徒に書かせるのであろう。次のような文章が教えられる。

「兵タイサン ボクノ カイタ エ ヤ ジ ヲ 見テクダサイ。シナノ 子ドモタチニモ、見セテ アゲテ クダサイ。日ノ丸ノ 旗ハ、ジン地ヲ センリャウ ナサッタ 時、コレヲ フッテ、バンザイヲ トナヘテ クダサイ。兵タイサン、ゲンキデ、ハタライテ クダサイ。(以下略)」

   こうした内容を見ていくと、つまりは軍事主導国家の価値観そのものの不気味さが感じられてくる。兵隊、軍人をこの国の主役に据える意図は、何を物語っているのだろうか。この年の1月に、陸軍大臣東條英機の名によって軍内に示達された「戦陣訓」は、陸軍の教育総監部がまとめたものであった。それを東條が手を入れ、さらに日本語としての価値を高めるために、作家の島崎藤村らが筆入れしてまとめ上げたとされている。いわば日本軍兵士の戦場における心構えを説いたものである。

   その内容は確かに皇国史観の粋を集めているが、兵隊として死してお国に奉公せよとの、その命令は戦時下の国定教科書の延長にあることがわかってくる。私たちは、昭和の歴史がある歪みを持ったその理由について、精緻に検証しなければ戦場で軍事指導者に命を捨てるように強要された兵士たちに申し訳ないように思われるのである。(第57回に続く)




プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)『天皇陛下「生前退位」への想い』(新潮社)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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