今から40年前の1980年、一世を風靡したアイドル歌手の山口百恵さんが俳優の三浦友和さんと結婚、芸能界を引退した。当時でも芸能一大ニュースとなったが、引退直前の1980年10月5日に日本武道館で行われた百恵さんの最後のコンサートが、この2020年10月3日にNHKBSで放送された。
インターネットもなかった時代のコンサートの模様がSNSで共有されたが、ちょっとした話題になったのが、客席に「友和さんと末長くお幸せに」という横断幕が掲げられていたことだ。トップアイドルが何度も共演したスター俳優と結婚し引退する。今このようなことがあったら、アイドルファンは同じ行動を取れるだろうか。当時と現代のファン心理を探ってみた。
現代のアイドルファンはどう思う
歴史をおさらいすると、山口百恵さんと三浦友和さんは1974年にグリコのCMで初共演、同年の映画「伊豆の踊子」で主演コンビとなった。以後映画・ドラマで何度も共演し、1979年10月20日にコンサート公演中のその場で百恵さんは友和さんとの交際を宣言し、「ゴールデンカップル」の誕生となった。80年3月7日に2人は婚約を発表、百恵さんは結婚とともに芸能界引退を表明し、大フィーバーとなった上での日本武道館でのコンサートだった。
映像の中で2階席から掲げられた横断幕の中に「友和さんと末長くお幸せに」と書かれたものがあった。現代の視聴者は新鮮に感じたのか、ファンの暖かい心意気に感動した感想がSNSにも少なからず投稿された。
アイドルファンはこの光景をどう思うか。J-CASTニュースは、2010年代のアイドルに詳しいアイドルライターのこじらぶさんに、横断幕について率直な感想を聞いてみた。「純粋に素敵な光景だと思いました」というこじらぶさんは、さらに
「70~80年代のアイドルは『手が届かないスーパースター』で、多くのファンはテレビや映画といった媒体を介し一方的にアイドルを崇拝していたと思います。一部、応援・身辺警護活動をする親衛隊の存在もありましたが彼らも含め基本的にはその手の届かないスーパースターを崇め、応援させてもらっているという考えがあったと思います」
と推測した。現代のアイドルファンに同じことができるかと聞いてみると、「基本的には難しいと思います」と答え、「秋元系(編注:秋元康さんプロデュース)などの恋愛禁止を掲げているメジャーアイドルでは恋愛、結婚は歓迎されるものではありません。恋愛スキャンダルがバレても笑いに昇華させた指原莉乃さんや峯岸みなみさんは特異な存在です。総選挙前に自身のファンに投票(課金)を促すような発言をしておきながら、そのファンのおかげでランクインした壇上で結婚宣言をしたメンバーは、大きな裏切りとしてバッシングされました」と続けた。
現代とのギャップには記者も同じ感覚を抱いたが、まだ地下アイドルのような文化もなく、スターが「高嶺の花」だった時代の産物であろうか。握手会やハイタッチ会のような接触系のイベントが普及した現代では、擬似的な恋愛対象としてのアイドルとファンの距離感は近い。
「常連客になれば名前や顔を覚えてもらえる"認知"があり、恋愛対象のような存在として心理的にも『手が届く』ような錯覚を抱いています。ガチ恋勢を筆頭として、その他の熱心なオタクも"貢ぐ"ような行為で『手が届くアイドル』を自分たちが支えている、押し上げている、という自負もあります。前提にアイドルは恋愛をしないものと捉えられる『恋愛禁止ルール』が存在するからだと思います。恋愛自由で、もしかしたら彼氏がいるかもしれない女の子にそこまで貢ぐことは出来ないオタクがほとんどでしょう。同じ"貢ぐ"でも相手がキャバクラ嬢である場合と違ってアイドルには恋愛していないという前提とセットで処女性も求められているからです」
と分析する。そしていつの間にかメジャーアイドルには「恋愛NG」なる不文律が設定されているが、これについてアイドルファンはどんな本音を持っているのか。
「恋愛禁止」ルールへの本音は?
こじらぶさんが2020年6月にインターネットで実施したアンケートがある。48シリーズと坂道シリーズのファンを対象に「恋愛禁止ルールについてどう思うか」を4択形式で聞いたものだが、回答者844人の内訳は
1. 恋愛禁止は必要、破るのは許せない...14%
2. 恋愛禁止は必要だが、バレない、謝罪ありならOK...24%
3. メンバーを失うくらいなら恋愛禁止は不要...22%
4. 恋愛は自由、恋愛禁止不要...40%
という結果で、過半数が恋愛禁止ルールを不要と考え、4つの選択肢では恋愛そのものも自由と答えたファンが最多だった。本音では恋愛もOK、と思っている模様だ。
こじらぶさんは結果については
「投票者の中にはCDを1、2枚買う程度のライトなファンもいるので、その場合、(発覚しても)裏切られた感は低くなり恋愛していたっていいじゃないかと思えるでしょう。またモデル仕事をしているアイドルの場合、彼女達をファッションアイコンとして憧れの対象にしている女性ファンが多く存在します。そういった女性ファンの場合は、彼女達をガチ恋対象にしているオタク層と違い恋愛も彼女達の魅力を引き出す一つと捉えられる可能性が高いです」
「グループへの貢献度が高い人気メンバーは擁護される可能性が高いですが、もともと足を引っ張るような実力不足メンバーではグループイメージを悪くしたとしてバッシングの対象になるでしょう。 加えて共演した実力派俳優などとの純愛ならまだ許される可能性もありますが、相手が既婚者やファンであったり、レンタル彼氏などイメージのあまりよくないスキャンダルの場合はさらに炎上する可能性もあります」
と分析する。恋愛を許容できるか否かは自分がどれだけ「推し」にのめり込んだか、また交際相手の「格」やグループへの貢献度も関わってくるというわけだ。この点、百恵さんと友和さんは当時のトップアイドルと映画俳優で交際経緯や活躍ぶりから非の打ちどころのないカップルであり、ネガティブな要素は極めて薄い。
「結婚してもいい」そして「友和さん」コールも
当時の百恵ファンの反応を調べてみた。雑誌「週刊明星」1980年10月26日号で百恵さんの最後のコンサートツアーに押しかけるファンが取材されている。そこにはアイドルファンに典型的な男性陣だけでなく、若い女子学生や高齢女性の様子も報じられていた。大阪公演に集まった「親衛隊」の女性ファンは「百恵ちゃんはわてらの命や。決めたことダンコやり通す生き方、すてきやなァ!」と語り、福岡公演に山口県から駆け付けた女子高生は「百恵ちゃん、結婚してもいいから、引退なんていや。うちのネコに" モモエ" " トモカズ"って名をつけてかわいがってたのに!」と残念がる様子が書かれていた。
しかも、武道館公演や全国ツアー会場のレポートによれば「百恵ちゃーん」だけでなく「友和さーん」コールも客席からなされていた。友和さんへの嫉妬のような感情は微塵もなく、2人を一心同体のものとして門出を応援する空気が醸成されていたようだ。
百恵さんの自著「蒼い時」(集英社)でも婚約と引退発表後のファンの反応に触れた記述がある。
「『私たちは、ふたりの結婚を心待ちにしていました。でも引退は別。あんまりです。許せません』発表当時は、ほとんどこういった内容の手紙だったが、近づくにつれ、それは変化してきた。『引退はショックです。でも百恵さんの人生は百恵さんのもの。幸福になって下さい。それが私たちのただひとつの願いです』
人の人生は誰のものでもなく、その人自身のものだから、私も自分に悔いない生き方をしていきたい。もちろんそう思ってはいたが、ファンの言葉はやはり胸をつく」
いずれも、友和さんとの交際・結婚よりも引退の方がショックという感想が興味深い。40年後のファンと比べても応援するスターの異性関係への本音は変っていないようだ。
1970年代でもこのような空気はできていたが、芸能文化評論家の肥留間正明氏は、当時と現代を比較して、アイドルの恋愛は自由になっていると指摘した。
「当時の芸能界はまだまだ儒教的というか、異性関係も徹底的にガードされて公にできない空気がありました。だから交際関係の証拠を撮れればそれだけで大スクープです。今はもっとおおっぴらに取材したり、当人に聞いたりもできますよね」
そして風潮の変えたアイドルの1人が松田聖子さんだったと分析する。
「彼女の男性遍歴は多彩でしたが、それでもずっと芸能活動を続けてきました。それがタブーを打破し、21世紀以降はアイドルの恋愛もすっかりオープンになったかなと思います。百恵さんの頃は、まだまだアイドルが可愛いお人形でよかった時代ですね」
百恵さんと友和さんの仲はマスコミにマークされ続けていたが、先んじて恋人宣言を行った百恵さんの潔さも後世に先んじていたかもしれない。また肥留間氏は百恵さんのスター性を、「はじめは『不良っぽい』というようなイメージで同性から嫌われがちでした。しかし徐々に同性から支持されるようになり、最後には友和さんとの結婚もおめでとうという雰囲気で祝われていました」と回想する。「週刊明星」で報じられた女性ファン層の存在もこれを裏付けるかのようだ。
「恋愛禁止」は作られたルール?
ファンの本音は、立派に活動してきたアイドルであれば異性との交際や結婚も構わないと思っている。その傾向は70年代から現代まで続いている。であればなぜ恋愛禁止という掟は運営・メンバー・ファンに共有され、例えばファンとアイドルの交際が暴露されればスキャンダルだと騒ぐのか。
これについてはこじらぶさんは、2000年代特有のアイドル文化草創期のファン層を意識したのではと指摘する。
「秋元康氏の恋愛禁止ルールは最初は秋葉原の劇場に通ってくれる正真正銘のオタク、おじさん層がターゲットでしたからイメージ戦略として当然あったと思います。可愛くて処女性が高く彼氏がいないなんて現実ではあまりいませんし。実際自分と触れ合ってくれて優しくしてくれるわけですから貢いであげたくなってしまったと思います」
「そこからAKBが国民的アイドルになって以降、坂道もですが、コテコテのオタクの比率はだいぶ下がり、いわゆる一般の、普通の人や、可愛い女の子、イマドキ男子すらもオタク現場(編注:ライブ会場など)に来るようになりました。そういう人たちはわりと現実が見えているのではないでしょうか。男が寄ってこないはずがないけど、せめてルールはあるのだからバレないようにやってくれという。そこが意外なほどオタクが恋愛禁止を許せるというアンケート結果になったと思います」
当初は高嶺の花ではなく、ライブハウスの近距離で触れ合えるアイドルのファンを男性層として想定、それが実績を積んでいくうちに同性のファン層やライト層が増えていくというこじらぶさんの指摘は肥留間氏の分析とも似通っている。
「今はアイドルはグループが主流ですから、自己責任では済みません。グループイメージをそこなったり、マジメに頑張っている他のメンバーも疑われたりなど迷惑をかけることになるので、そこも叩かれるマイナスポイントになると思います」(こじらぶさん)ということで、グループアイドルであればメンバー本人のみならず他のメンバーのファンにも騒動が及ぶ「火種」が用意されている時代だ。
世の中は芸能人の恋愛に寛容になっているし、「推し」の決断を尊重したいファンの本音は変わっていない。ただ擬似恋愛要素を押し出すようなアイドルの売り方やグループアイドル化といった雑音で、百恵さんの時代のように素直にファンがメッセージを贈ることは難しくなっているのかもしれない。
(J-CASTニュース編集部 大宮高史)