「マスク着用にご協力を」――公共の場では、もはや当たり前になった利用者へのお願い。夏が過ぎ、新型コロナウイルスの再拡大も懸念される秋を迎え、改めて重要さを増している。だが......体質などさまざまな事情で、「マスクが苦手」という人間には、どうにも難儀なお願いでもある。
筆者は生まれつき、口元から首周りにかけて「感覚過敏」と思われる症状があり、マスクが苦手だ。通勤電車に乗る際には車内に入る直前にマスクを装着し、降車すると直ちに外すという生活を、コロナの流行開始以降、毎日続けてきた。
成田空港で配布もスタート
とはいえ、マスクは感染拡大防止にはもはや必須と言えるアイテム。特に、飛行機搭乗の際には着用が求められる場合が多いのも事実だ。2020年9月7日には「ピーチ・アビエーション」の飛行機に搭乗しようとした乗客が、マスクの着用を拒否したために搭乗を拒否されたという事案が発生、大きな話題になったのは記憶に新しい。
それと前後するかのように9月初頭から、成田空港では、マスクを苦手とする人のために、「せんすマスク」の配布を始めた。同製品は「感覚過敏研究所」が7月15日から発売を始めた製品で、扇子を口にかざすことでマスクの代わりに飛沫が飛ぶのを防ぐことを目的とするもの。空港内では3箇所で無料配布されている。なお、実際にせんすマスクをマスクの代わりに使えるかどうかは、各航空会社に確認する必要があるという。
また、10月7日にはNHKのニュースで取り上げられ、ネット上では「最近『せんすマスク』を見かけるんですけど、」といったツイートが飛び出すなど、徐々にその存在が認知されはじめるように。実際、筆者もこのニュースを見てその存在を知った口だが、このニュースを見た際、筆者の頭には1つの考えが浮かんだ。
それは、「マスクが苦手な人間が、この扇子を飛行機以外で、それも、電車の中で使ったらどうなるか」――という考えである。もはや、マスクの有無で公共の場ではトラブルが頻発するようになるなど、「コロナ以前」とは全く変わってしまったこの世界で、「マスクが苦手な人間」が生き残るための1つの選択肢となり得るかについての「実験」を行ってみるのだ。
「せんすマスクの使用感」と「車内での他の乗客の反応」を調べる
10月某日、入手したせんすマスクを、実際に使用してみた。調べるべき点は2つ。「せんすマスクの使用感」と「車内での他の乗客の反応」だ。
駅のホームから車内に入る際、普段であればマスクを広げて顔に装着するが、今日は広げるものが違う。そう、扇子なのだ。センスは6枚の長さ20センチほどの透明なプラスチック製の板で構成されているが、プラスチック製ということで、その大きさの割に重量は軽く、非常に持ちやすい。また、それらプラスチック製の板の1枚には、「マスクが苦手です」と書かれたシールが貼り付けられている。
遅い時間ということもあり、車内の乗客はまばら。乗客は自分を含めて全員がロングシートの座席のどこかには腰掛けており、ソーシャルディスタンスが余裕で確保できている状況だ。
さぞかし視線を集めるのでは――と思ったが、その予想は早速裏切られた。
周囲の乗客は皆、スマホの操作に夢中で、その視線は下、下、下......。ひとりだけ「平安貴族状態」の乗客が乗り込んできたのだから、一人くらい関心を示してくれても良いような気もするが、気付いた素振りさえ見せたくないのか......いや、というよりは、やはりスマホに夢中で、「気付かない」のである。これぞ、大都会の無関心。肩透かしを食らいつつ座席に腰掛けると、電車は発車した。
乗った電車は最優等列車ではないものの、たくさんの駅を通過するものだ。そのため、それなりの分数がたっても次の停車駅にはたどりつかず、いまだ、車内はガラ空き。誰一人としてしゃべらず、ただただ、電車が立てる走行音だけが響き渡る車内で、筆者は1人、「平安貴族状態」で乗車し続ける。すると、ここでとある異変が。筆者の右肩が張り始めたのである。
せんすマスクに気付くと、その瞬間は驚かれるが...
原因はすぐに分かった。せんすマスクを全開にしているからである。せんすマスクは全開にすると150度前後の角度で開くのだが、開いた板の全ては人差し指で支えることになり、板の重量の大半を人差し指で支えることになるのだ。つまり、人差し指にかかった負荷がそのまま人差し指の腱にかかり、その結果、右手でせんすマスクを持っていた筆者は右肩が張ってしまったのである。
そこで、せんすマスクの角度を80度前後にして口元にかざしてみると、右肩の張りはピタリと収まった。乗車後数分で肩が疲れ始めたものの、角度を小さくすれば問題ないことが分かったわけだが、そうなると、電車よりも長時間乗ることになるであろう飛行機に乗る際には、電車に乗る時以上にせんすマスクの開く角度にこだわった方が良さそうだ。
そのようなことを考えていると、徐々に電車は減速。いよいよ、停車駅が近づいてきた。誰にも視線を向けられないまま停車駅に到着するのかなどと考え始め、やや油断した気分になった矢先、筆者から見て斜め左側の反対側の座席から、ついに、「視線」が飛んできた。
視線を飛ばしてきたのは30代前後とおぼしき女性。それまでスマホに夢中で下ばかり見ていたが、ふと、こちらのせんすマスクに気付き、一瞬、ギョッとした表情を浮かべたのだ。しかし、すぐに、何かを悟ったような表情になり、再び視線をスマホに向けたのだった。これは......恐らく、せんすマスクに貼り付けられた「マスクが苦手です」の文字が目に入ったからだろう。
初の視線を浴び、「やっと注目された!」と、よく分からない喜びが込み上げる中、電車は停車駅に到着。ついに、新たな乗客が乗り込んできた。そして、目の前の座席に、50代前後と思しき男性が着席。すると、早速筆者の「平安貴族状態」に気付き、やはり、ギョッとした表情に。しかし、先程の女性と同様、「マスクが苦手です」の文字ですぐに状況を察したのか、すぐに表情は通常のものとなり、やはり、スマホに視線を落としたのだった。
トラブルは一切なく「実験」は終了
この後、数度の停車駅への到着を経て新たな乗客が乗ってきたことにより、車内は1個開けの状態で乗客が着席しつつ、かつ、立ち乗りの乗客がそれなりにいる状態となり、いよいよソーシャルディスタンスを確保できない状況に。大幅に混雑率が上がったためか、さすがにその後はチラチラと視線が筆者に向けられる状況となったが、やはり、「マスクが苦手です」の文字で状況を察するという状況は変わらなかった。ただ、その文字が小さくて見えなかったか、筆者からずいぶんと遠くに座っている乗客は、十数秒間にわたって視線を浴びせてきたが、これは、もはや致し方ないことである。
そうこうしているうちに、電車はターミナル駅に到着。他の乗客が下りるのを待って筆者も降車したが、この駅も含め、乗客が下りる際には、やはり、それなりの視線を感じた。ただ、それらはいずれも一瞬のものであり、トラブルは一切なく「実験」は終了。その結果は、「せんすマスクを使っても、思ったほど視線は集めず、その一方でマスクを装着した際の不快感からは完全に開放される」というものだった。
もちろん、せんすマスクが通常のマスクを100%代替できる――とは断言できない。配布している成田空港でも、飛行機でマスク代わりに使えるかは、各航空会社に確認してほしいとしているのは上に述べた通りだ。
とはいえ、さまざまな事情でマスクを着けづらい人にとっては、現実的な選択肢になりうるかもしれない。今回の「実験」を終えて、筆者はそう感じている。
(J-CASTニュース編集部 坂下朋永)