「1人毎月7万円では、とても生活できない」「単なる社会保障の削減ではないのか」――。元総務相でパソナグループ会長の竹中平蔵東洋大学教授が、2020年9月23日夜放送のBS-TBS番組「報道1930」で「ベーシックインカム」について持論を述べると、ネット上ではこんな声が噴出した。
竹中氏が菅義偉首相に近いと言われており、菅政権がこの竹中式の「ベーシックインカム」を導入する方向だと受け止められたこともあるらしい。今回のインタビューでは、こうした声に対する竹中氏の説明や番組発言の真意、さらに、菅政権で本当に導入されるかの見通しなどを聞いた。(聞き手・構成:J-CASTニュース編集部 野口博之)
7万とは平均レベルで、支給額は累進的に変わる
竹中氏は10月7日、東京都千代田区内にあるパソナグループの本社近くにあるパソナオフィス内の応接室で取材に応じた。同グループは、兵庫県・淡路島への本社機能移転を始めているが、まだ本社はここにある。多忙のためスケジュールが詰まっているといい、他メディアの取材の合い間にようやく会うことができた。
――BSの番組では、竹中さんの持論について、「国民全員に毎月7万円支給」とパネルで紹介していました。ただ、家族が多ければ受給額も大きくなりますが、家族がおらず単身で生活する人を中心に「とても暮らせない」「家賃で多く消えてしまう」といった声がネットで出ています。この点については、どうお考えでしょうか?
竹中:「1人7万円で生活できる」と言ったことはまったくありません。平均で7万円レベルなら、財政的に大きな負担にならない、と申し上げたんです。例えば、家族4人で28万円は必要ないかもしれませんので、3、4人目はもっと安くしましょう、その代わり1人のときは少し多めにしましょう。7万円とは、あくまでも平均になります。税金を増やしていいなら、支給を大きくできますが、スイスでは反対があってとん挫しています。実際の支給水準は国民の合意で決めることになると思います。
竹中氏のベーシックインカムは、 内閣府の官僚出身で3月まで日本銀行政策委員会審議委員を務めた原田泰(ゆたか)名古屋商科大学教授の持論を元にしたものだという。原田氏は、「ベーシック・インカム 国家は貧困を解決できるか」と題した著書を15年に出しており、著書などで、20歳以上に月7万円、20歳未満に月3万円を支給することを提案している。竹中氏の場合は、制度設計を別に考えて、これを7万円前後に広げて累進的な支給構造にしたもののようだ。
「自助の人」が多いほど、本当の弱者を助けられる
――こちらの案ですと、全員が国民年金の支給額レベルに下がり、生活保護も実質切り下げられて、結果として単なる社会保障の削減になるのではないかとの指摘もあります。結局は、若い人を中心に自助の努力をせよということなのでしょうか?
竹中:社会保障の削減ということは、まったくないですね。普通、こんなことをすれば財政負担が増えると言われています。このことは制度設計次第でして、年金を積み立てた分は保障しながら、ベーシックインカムに切り替える、ということです。生活保護も、それを補うものとしてあっていい。税金の率というのは累進課税で行い、所得が高い人には高い税率を課し、低い人にはマイナスの税率でお金を支給するシステムになります。菅総理が自助という言葉を使われた途端に、自助とは「弱者切り捨て」と言われましたが、それはまったく逆でね。これは小泉純一郎元総理がいつも言っていたことなんですが、自ら助くる者がたくさんいればいるほど、本当に助けが必要な人を助けられる。本当の弱者を助けるためには、自助の人ができるだけ多くいなければならないんです。それは、どんな社会になっても、普遍の原理ですよね。弱者切り捨てという論理の飛躍には、ちょっと唖然としますね。
竹中氏は、ベーシックインカムについて、「究極の税と社会保障の一体改革」と呼んでいる。社会保障でもあり、負の所得税として税制でもある公平な形だという。前出の原田氏は、その著書の中では、「給付と税が一体の制度」だとしていた。
――竹中さんの案には、所得制限をして、高所得者は後でお金を返すとあり、これでは全員支給のベーシックインカムとは言えないのではとの指摘が出ていますが、どう考えますか?累進課税制度を竹中さんも支持されていますので、それで所得が高い人も対応できるとは考えられないのでしょうか?
竹中:いや、ベーシックインカムは、徹底した累進課税なんです。前もってそれをあげて高所得者が後から返すのか、後からそれを必要な人にあげるのか、それはどちらでもよいと思います。こうした手続きは楽な方がいいですから、とりあえず一斉に渡して、後から確定申告で返させるというのは悪い方法ではない。最初は渡さないで後から渡すのでもいいんですけど、それではその間に困る人がいるじゃないですか。だから、とりあえず先に渡す方がいい。まさに弱者のためですよね。誰が弱者であるかは、分からないわけですから。
導入は簡単には進まず、菅首相が実現するのは難しい
――ところで、竹中さんは、政府の諮問会議議員などに名を連ねておられ、菅首相のブレーンのように一部で言われています。これは事実なのでしょうか? 9月18日に菅首相に会ったときは、ベーシックインカムなどのアドバイスをしたのですか?
竹中:菅総理は、特定のブレーンを持たない方だと思いますよ。官房長官時代から、朝食の時間などで、ものすごく多くの人たちと会って、いろんな話を聞いて、ストンと腹に落ちたことをやっていくんですよ。私も、国家戦略特区でスーパーシティ構想に関わったりしましたが、ストンと腹に落ちたことを物凄い政治腕力でやっていくタイプだと思います。菅総理とお目にかかったときは、ベーシックインカムの話はまったくしていません。早い時期に小さくても成果を上げる「アーリースモールサクセス」を達成すれば、政権への期待が広がって支持も長続きしていくと話しました。小泉内閣のときは、役人の言うことを聞くそれまでの総理とは違い、ハンセン病の判決があって、控訴せずに政府の敗訴を認めました。菅さんの場合は、自らお決めになることですけど、ひょっとしたら携帯電話料金の値下げかもしれませんね。
――竹中さんが小泉純一郎政権の総務相のときに菅さんが副大臣でしたが、菅さんは竹中さんが起用されたのですか? 菅さんが首相になって、竹中さんに大臣になるよう声がかかったとも一部で報じられましたが、本当ですか?
竹中:私が菅さんを引っ張ってきたということは、まったくないですね。私は、勉強会を通じて小泉さんから手伝ってくれと言われ、民間からたまたま大臣になりました。菅さんは、政治家としては大先輩で、小泉さんから副大臣に選ばれたんです。私は、郵政民営化や通信と放送の融合に専念し、菅さんは、人事を含めて幅広い仕事をやっていただき、仕事を分担していました。菅さんが私を大臣にしようという話も、まったくないです。今は、民間から大臣はできないと思いますよ。ソーシャルメディアによる批判がすごいから、公人にものすごい圧力がかかります。メディアはないことないことを書きますから、民間の人は、そんなリスクを負うインセンティブがないんですよ。今回だって、7万円で生活できるなんて言ってないですからね。そういうふうに揶揄されるので、ワイドショーとネットで繰り返されると刷り込みや印象操作になって、毎日聞いているとみんな本当だと思っちゃいますよね。
――日本では、ベーシックインカムの導入は今後どうなりそうですか?菅政権での導入はありそうですか?
竹中:導入は、簡単には進まないと思います。ただ、これからはすごくいろんなことが動く時代になってきて、「究極のセーフティネット」が要るようになってきますから、その1つとして、各国がベーシックインカムを5年後、10年後には真剣に議論していると思いますね。そんな簡単には、菅さんのときにはできないでしょう。デジタル化とか携帯とか、まずコロナを押さえるとか、政策っていうのは優先順位を付けてやっていかないとできませんから、それがすごく大事だと思います。小泉内閣のときは、不良債権処理をまずやって経済を安定化させたから、郵政民営化ができたわけですよね。10月6日に経済財政諮問会議を初めて開きましたが、そこでマクロ経済を運営するのが大変重要で、第2四半期はGDPがマイナス27.8%だったわけで、次の第3四半期のGDPが11月16日に出ますから、それを見て追加の経済対策が必要かどうか判断をしなければいけない。他にも委員会などがありますが、司令塔となる諮問会議を最初に開いたというのは、すごく意味があることじゃないですか。
格差社会「戦犯」扱いに「ないことないことを言われるのは...」
――竹中さんは、小泉政権時代に経済財政相や総務相、郵政民営化相として、構造改革の名の下に規制緩和を進めておられます。竹中さんのツイッターでは、労働者派遣法の改正による製造業の派遣解禁は、当時の厚労省が決めたことだと説明しておられましたが、なぜ格差社会を作った戦犯のように言われるとお考えでしょうか?
竹中:実際に、派遣労働の解禁は、厚労省の所管で、まったくタッチしていないですよ。格差社会の戦犯のように、ないことを言われるので、だから民間の人は、大臣をやりたくないんだと思います。私は、政治家になりたいと思ったことは1回もないですから。ただ、小泉さんという特別な総理大臣が就任されたので、この方の下で頑張ってやろうと思いました。サッカーで言うレンタル選手ですよ。この大会のときだけ、他のチームを連れてきていいという人はいるでしょ。それだと、私は割り切ってやっていました。ないことないことを言われるのは、人の悪口言うのを面白がる人がいるってことですかね。それと、一部には、規制緩和による公共事業の削減などで利益を失う人がいるわけですよね。いわゆる既得権益者から見ると、すごく腹が立つんじゃないですか。
――大臣を辞めて政界を引退してから、1年ぐらいで人材派遣大手パソナの特別顧問になられました。パソナは、製造業派遣をやっていないとツイッターで強調されていましたが、天下りにも当たらないとの認識なのですか?
竹中:パソナは、関係先じゃないですよね。天下りとは、権限を持っている省庁の人がその権限を使って人を送り込むことを言うわけです。私が大臣として規制緩和を進めたのは郵政ですから、もし郵政のトップになったら、批判されるでしょう。役所の権限を使って何かするのはよくないけれども、そうじゃない形でその人の能力が買われていろんなところへ行くっていうことは認めるようになったわけですよね。役人でも今はそうなっているわけで、それは職業選択の自由を役人から奪っちゃいけないですよね。新聞社やキー局の人が地方のテレビ局などに行く方がよっぽど天下りじゃないですか。
竹中平蔵氏 プロフィール
たけなか・へいぞう
東洋大学教授、慶應義塾大学名誉教授、パソナグループ会長。1951年、和歌山市生まれ。一橋大学経済学部を卒業後、日本開発銀行に入行。米ハーバード大学客員准教授などを経て、2001~06年の小泉純一郎政権で経済財政相、総務相、郵政民営化相などを歴任した。