東京・池袋の路上で2019年4月19日、自動車が暴走して松永真菜さん(当時31)と長女・莉子ちゃん(当時3)の親子が衝突し死亡した事故で、自動車運転処罰法違反の過失致死傷罪に問われた運転手の旧通産省工業技術院元院長・飯塚幸三被告(89)の初公判が20年10月8日、東京地方裁判所(下津健司裁判長)で開かれた。遺族の松永拓也さん(34)らは被害者参加制度を使って裁判に臨んだが、亡くなった2人の「遺影」の持ち込みを被害者参加人としては禁止された。抗議の上申書を提出するも却下。公判後、松永さんらが東京・霞が関の司法記者クラブで開いた記者会見で明かした。
会見に出席した犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務局長の高橋正人弁護士は、被害者参加して遺影を持たないか、一般人として傍聴席に座り遺影を持つかの「二者択一」を裁判官に迫られたとし、裁判所側の対応を疑問視した。J-CASTニュースが東京地裁に取材したところ「裁判官の総合的な考慮にもとづく判断で決まってくる」とのことだった。
「二者択一を裁判長に迫られました」
「被害者参加制度」は一部犯罪の被害者や遺族などが利用できる。参加が認められた「被害者参加人」は、公判に出席し、証人尋問、被告人質問、事実関係や法律適用への意見陳述などができる。今回、松永さんと真菜さんの父・上原義教さん(63)、松永さんの両親、真菜さんのきょうだいらが被害者参加人として出席を予定。真菜さんと莉子ちゃんの遺影を持って入るつもりだった。
ところが、高橋弁護士は「被害者参加人として座り遺影を持たないか、一般人として座り遺影を持ち込むか、二者択一を裁判長に迫られました」と明かした。通常、証言台と傍聴席の間にあるバー(柵)の内側(証言台側)を「在廷」として扱い、被害者参加人も内側に座る。しかし今回は被害者参加人が多く、内側に入りきらなかったため、バーの外側にある傍聴席の一部を被害者参加人の席と扱うことになった。
高橋弁護士は、今回の公判で被害者参加人が座った席のうち、バーの内側の席を「A席」、外側に設けた傍聴席の一部を「B席」とし、一般の傍聴人が座る傍聴席を「C席」として説明(B席とC席はバー外の場所としては同じ)。遺族がB席で遺影を持とうとしたところ、裁判官に「ダメだ」と言われたという。理由はB席が「在廷扱い」のため。遺影を持ち込むなら一般人としてC席に座る必要があるとして、どちらか選ぶよう求められた。
高橋弁護士は「それに私たちは強く抗議し、上申書を出しました。しかし昨日、却下されました」とし、不可解さを隠さずこう説明した。
「確かに遺影をバーの内側(A席)に持ち込めば、被告人の目の前に遺影があるわけですから、いろいろと悪影響を与えることになるというのが、今までの裁判での判断でした。悪影響を与えるということ自体に私は反対ですが、それはさておき、ある程度影響を与えるからダメだと。傍聴席であればよいという運用でした。
今回のB席は確かに被害者参加人の席ですが、バーの中ではないわけです。被告人から遺影が見えるシチュエーションではありません。にもかかわらず、形式的な理由でB席での遺影の持ち込みを禁止されました」
「どちらかを選択しないといけないのは本当に大変難しいものでした」
今回、遺影があることによる被告人への影響という観点が告げられたわけではなく、あくまで理由として説明されたのは「在廷扱い」だけだったという。高橋弁護士は「これまで、同じ形で遺影の持ち込みを求めて断られたことはありません。今回が初めてです」と話している。最終的には松永さんの母が被害者参加制度を使わず、一般人としてC席で傍聴し、遺影を持った。
松永さんも「遺影の持ち込み禁止」について、「法的知識がないものですから『こういうものなのか』と受け入れるしかなかったのですが、親族でよくよく考えたら『なんでだろう、おかしい』という話になりました」とした上で、複雑な葛藤があったことを明かした。
「法律に関して無知がゆえに、ここで自分たちが声をあげたら、もしかしたら裁判が不利になってしまうんじゃないかという思いもあって、悩みました。それでも、自分がこういった時に声をあげないと、今後も不必要に同じような思いをして苦しむ方が出てしまうのではないかと思い、上申書を提出ました。ですが、残念ながら認められませんでした。
私たち遺族としては、被害者参加制度を使って裁判に参加することは大事なことです。もう一方で、遺影と一緒に、亡くなった2人とともに裁判に参加したいんだという思いも、比べることができないくらい、同じくらい大事なことです。そのどちらかを選択しないといけないのは本当に大変難しいものでした。今後も在廷権を有したまま、傍聴席で遺影をもてるように、裁判所側に言い続けていきたいと思っています」
会見に出席した上谷さくら弁護士も「そもそもバーの中に遺影を持ち込んではいけないという法律はない」としている。
「被告人に心理的プレッシャーを与えると言われますが、自分の大事な人を亡くした張本人を目の前にする遺族のプレッシャーに比べたら、そんなに尊重すべきものなのかとそもそも思います。犯罪被害者等基本法には、被害者等の尊厳を守らなければいけないとしています。それに則って判断してもらいたい。今後も認められるまで毎回申し入れを続ける予定です」
「せめて姿は、この遺影で連れてきてあげたいという思い」
真菜さんと莉子ちゃんが2人で写ったこの遺影はもともと、松永さんの父の誕生日に撮影したものだった。2人は艶やかな和服に身を包み、微笑んでいる。松永さんは写真の思い出を正確な日付とともに、こう語っている。
「2018年12月25日、私の父の誕生日で、『家族写真撮ったことないね』という話になりました。せっかくだからと、私の両親と真菜と莉子で撮りに行きました。この時はまさか遺影になるとは思っていなかった。事故後、急遽遺影を選ばなくてならなくなった時、晴れ着の綺麗な格好をしている写真にしてあげようと、この写真を選びました。遺族にとって遺影というのは...私は亡くなった2人の代わりにお義父さんと私で(裁判に)出ます。声は、2人の代わりに私たちが出します。だからせめて姿は、この遺影で連れてきてあげたいという思いでした」
J-CASTニュースが8日、東京地裁に、今回なぜ被害者参加人が遺影を持ち込むことが認められなかったのかについて取材したところ、広報の担当者は「裁判官の考え方であり、裁判官の総合的な考慮にもとづく判断で決まってくる、としか申し上げられない。遺影の持ち込みについて具体的な条文があるわけではない」とのことだった。
事故発生後の報道などを総合すると、飯塚被告は事故で重傷を負い約1か月入院。警視庁は逮捕せずに任意で捜査を続け、19年11月に起訴を求める「厳重処分」の意見をつけて書類送検した。東京地検は20年2月に在宅起訴。10月8日の初公判では遺族に謝罪したものの、「車に何らかの異常が起きた」として起訴内容を否認した。
なお、「遺影のバー内への持ち込み」についてはかねて議論が交わされている。法務省が13~14年に開いた、有識者の意見を聞く「平成19年改正刑事訴訟法等に関する意見交換会」第7回の議事では、同会構成員だった高橋弁護士がこの論点を取り上げた。「これは恐らくかなり見解が分かれるところであると思う」との声もあり、多くの構成員から賛否さまざまな意見があがっていた。
(J-CASTニュース編集部 青木正典)