新型コロナウイルスの感染予防に取り組む飲食店を支援する国の「Go To イート」キャンペーンをめぐり、予約サイトを介した「ポイント付与」と「送客手数料」による、飲食店側のデメリットが問題視されている。
飲食代にかかわらず1回の夕食で一律1000円分(昼食は500円分)のポイントが得られるため、安く食事を済ませてポイントを稼ごうという動きが起こり、インターネット上では「錬金術」などという声がある。一方、予約サイトによっては飲食店が送客手数料を支払う必要があり、利益が小さくなるため、一部の飲食店からは困惑の声があがっている。
Go To イートを所管する農林水産省はどう捉えているのか。また、「錬金術」の源泉となっているのは「一律」でのポイント付与にあるといえるが、なぜこのような制度設計になったのか。
327円で1000円分のポイントを獲得
2020年10月1日に開始したGo To イートは(1)プレミアム付き商品券(2)飲食予約サイト経由でのポイント付与――の二本柱。総額はそれぞれ767億円ずつ投入される。(1)は購入額の25%を上乗せした食事券を発行し、地域の登録飲食店で使えるというものだが、今回問題となっているのは(2)を使った手法だ。
予約サイト経由で付与されるこのポイントは、昼食(15時より前)なら1人あたり500円分、夕食(15時以降)1人あたり1000円分。次回以降、同じ予約サイトで予約・飲食した際に使える(予約サイトが同じなら別の店舗でも使用可)。1回あたりのポイント付与上限は10人分(昼食5000円分、夕食1万円分)という制限はあるが、毎日利用できる上に、制度上では飲食代の下限が設定されていない(予約サイト・店側で設定は可能)。
そこでインターネット上で散見される声が「できるだけ安く外食を繰り返し、ポイントを稼ごう」というもの。昼食を500円以下、夕食は1000円以下で会計すれば、客は得をする。この価格以上で食事をしても、1回あたりの飲食代が安ければ安いほどポイント還元率は高くなる。
客のメリットは大きいが、こうして客単価が下がれば、割を食うのが飲食店だ。Go To イートに参加している予約サイトの中には、「送客手数料」を設定しているところもある。同手数料を「飲食代金の8%」と比率で決めているサイトもあるが、「客1人につき昼食50円または100円、夕食200円」という固定額となっているサイトが目立つ。
この場合、たとえばGo To イート参加予約サイト(送客手数料あり)で対象の飲食店を1人で予約し、1品300円のメニューだけ注文して会計したとする。客はポイント1000円分を得られるため、差し引き700円の儲けを得るが、店は300円の売り上げから200円(1人分)の送客手数料を予約サイトに支払い、手元には100円しか残らない。客の数が増えたとしても、客単価が下がれば「1人につき200円」という固定の送客手数料が重くのしかかる。
すでに個人ブログなどでは「Go To イートでタダ飯を」などと指南するユーザーがおり、ツイッター上でもGo To イートを使って1000円以下で会計し、得をしたとする投稿も散見される。
そうした投稿で名前が挙がっている飲食店の代表格は、焼き鳥チェーンの鳥貴族(本社・大阪市)だ。全品298円(税込327円)均一というリーズナブルな価格設定のため、Go To イートで夕食の席を予約し、1品頼んで会計すれば、1000ポイントから差し引き673円分の儲けが得られる。これを繰り返してポイントを稼ぐ行為を指して、「鳥貴族マラソン」「トリキの錬金術」なる言葉まで生まれた。
「飲食店がこのキャンペーンをどう使うか」
Go To イートの趣旨は「感染予防対策に取り組みながら頑張っている飲食店を応援し、食材を供給する農林漁業者を応援するもの」(農水省の資料より)。上記「錬金術」のような使い方が横行すれば客単価を押し下げることになるが、飲食店の応援という趣旨に合致するのだろうか。所管する農林水産省の食料産業局食品製造課Go To Eatキャンペーン準備室の担当者は6日、J-CASTニュースの取材にこう話す。
「ポイントは2つあります。1つは、Go To イートで付与されるポイントは次回以降の外食でしか使えないということです。全体として外食支援の枠組みを超えるものではなく、趣旨は損なわれません。
もう1つは飲食店側の経営判断に委ねているということ。ネット予約ですと、Go To イート利用時のコースを制限したり、1回の下限金額を定めたりというのは、飲食店ごとに設定できます。ただ最終的には予約サイトのシステムが(下限額設定などに)対応しているかどうかによりますので、詳細は予約サイトとご相談いただくことになります。逆に制限を設定しないことで、より集客に活用することもできます。つまり飲食店がこのキャンペーンをどう使うかにかかってきます」
「錬金術」のような使い方は想定済みだったという。
「当初から指摘されていました。しかし、国から強制的に最低金額などのルールを設定することはしませんでした。そういう制限を国で作った場合、飲食店、消費者の双方にとっていいことなのか。飲食店ごと自由に制限を設定いただくほうが、制度の柔軟性が高いと判断しました」
「錬金術」をする人が「現実にどれくらいいるのか」との疑問もあるという。「予約を取り、1品食べて帰るというのは結構苦痛だと思います。冗談半分でやってみたという人は出てくるかもしれませんが、本気でやり続けるとしたら苦行では」と、どこまで広がりを見せるかは疑問符をつける。「それでも、この(『錬金術』の)動きが広がって『国は制限すべきだ』という論調になれば、制限を設けることはあり得ます」としている。
鳥貴族「報告を受けて確認しています」
では、肝心の飲食店はどう受け止めているか。鳥貴族の広報担当は6日、J-CASTニュースの取材に「Go To イートで1品だけ頼んで帰るというお客様がいたことは、報告を受けて確認しています」と認めた。ネット上で言及されていたことも把握していたという。ただ、その影響については「全体として客単価が下がっているのか、そうした利用をするお客様がどれくらいいるかは、まだ足元の数字が出てきていません」としており、実態は掴めていない。
そもそも「Go To イートキャンペーンのルールに反した使い方ではないので、弊社としては特段何も申し上げられません」とする。また、「Go To イートを通じて初めて店舗にお越しいただくお客様もいらっしゃいますので、キャンペーンをありがたいと思っているのは前提にあります」と、Go To イート自体には肯定的だ。
鳥貴族の客単価は平均2000円前後。ポイント目的で1品だけ頼んで帰る客が増えた場合、単価が下がる懸念はないかという指摘には「全てのお客様がそのようなご利用をするわけではありませんし、収益の影響は店舗によるので、一概にどうとは現時点で申し上げられない」とするにとどめた。送客手数料の負担についても「予約サイトごとに違うので一概には言えない」という。
「錬金術」への対応策については「対応するとコストがかかりますし、ご来店いただけること自体はとてもありがたい。ご指摘の点は考えないといけませんが、対応するかどうかを含めてまだ検討課題という段階です」と話している。
鳥貴族は取材の翌7日夕、Go To イートの対象となる予約内容について変更を発表。これまでの5つのメニューのうち、「席のみの予約」「6品コース 1962円(税込)」の2つはポイント付与の対象から外した。発表までに受けていた予約は対象として認められるが、今後の新規予約では「トリキ晩餐会 3278 円」「9品コース 2943 円」「5品コース 1635 円」の3つのみが対象となる。1品注文して帰るという「トリキの錬金術」はできなくなった形となる。
「連発されると怖いですね」
ただし、「錬金術」はもちろん鳥貴族に限った話ではない。クラフトビールのバーを展開する横浜ベイブルーイング(本社・横浜市)の鈴木真也代表は5日ツイッターで、Go To イートで来店した2人客が1900円だけ頼んで2000ポイントを得ていたとし、「とても哀しい気分になるお客さんも現れ始めました。想定内ですが、やっぱりそういうのは止めてもらいたいです。。。」と複雑な胸中を投稿している。
鈴木代表は6日、取材に応じ、「Go To イートが始まってからお客様が増えており、ありがたいです。ただ、今言われている鳥貴族さんでのようなことを連発されると怖いですね」と話す。普段の平均客単価は2200円ほど。「1000円未満になったら厳しいし、困ります。予約サイトによるかもしれませんが、席予約のお客様だと最低注文金額の設定などもできないみたいです。たとえば600円で会計いただいても文句は言えません。お願いを出すことはできると思いますが、強制はできませんし、お客様と揉めたくはないです」という。
同店は取材時点で、「送客手数料」が夕食時1人200円(税込220円)発生する予約サイトにしか登録していない。客単価2200円の10%にあたり、決して小さな額ではない。ただ「送客手数料も広告宣伝費の代わりと捉えれば、それほど高額とは感じません」と前を向く。
現在、送客手数料が無料の予約サイトにも登録申請している。「申請が通れば、特に常連客にはできるだけ手数料無料の予約サイトからGo To イートを利用してほしいと呼びかける予定です」と鈴木代表。もしポイント目当てで単価が1000円以下などの極端に低い客ばかりになったら、送客手数料が有料の予約サイトへの登録は取り下げることも考える。ただ、「そんなお客様ばかりにはならないと信じています」とも話す。
実際、Go To イートの恩恵は大きい。横浜ベイブルーイングの9月の予約は3組だけだったが、10月はすでに16組45人。それもすべて初来店の客で、新たな層を取り込めると感じている。平均客単価も10月に入ってからは2100~2200円ほどで、落ち込みはほぼない。「Go To イートが開始してからお客さんが増えているのは事実です。明らかに効果はあって、全体でプラスになると思います」という。
なぜ「一律」のポイント付与なのか
実際に「錬金術」が浸透するかどうかは、確かにまだ分からない。とはいえ上記のとおり、「一律1000円分(昼食500円分)のポイント付与」というGo To イートの仕組みそのものが、客単価を押し下げる要因になり得るといえる。なぜ「一律」でなく、食事代に応じた「比率」でポイント付与しなかったのか。前出の農水省Go To Eatキャンペーン準備室の担当者は6日の取材に、こう説明する。
「予約サイトでは、『会計金額』まで追える仕組みになっていません。あくまで来店したかどうかのチェックのみで、1人いくら使ったかまでは入力できない。そのため予約サイトを介して『飲食代の○%オフ』ということが仕組み上できないのです」
では、そもそも「予約サイト」をGo To イートに組み込んだのはなぜなのか。
「予約サイトに参加いただいたのは、既に仕組みが出来上がっていることと、ネットを活用することで、素早く、多くの飲食店・消費者に活用いただけるからです。先ほど言ったような『会計金額』まで追えるようにするには、補正予算を組んで新システムを開発する必要がありますが、時間が足りません。あくまで既存のシステムを使うことで、スピード感をもって、多くの方々に参加いただくという前提で制度設計しています。そのため、どうしても制限は出てきます。
『プレミアム付食事券』のほうは物理的な動きが伴うので、時間含めたコストが確実にかかります。券を作り、輸送し、販売して受け渡さないといけない。ただ、予約サイトを使っておらず、食事券でないと対応できない飲食店も当然あるので、Go To イートは食事券と予約サイトの両面で設計しました」
低い単価から「送客手数料」が引かれることで、飲食店の負担は大きくなる。ただ、この送客手数料は従来から存在していたもので、Go To イートにおける同手数料の設定は各予約サイトの裁量に任せている。
「Go To イート以前から通常取っていた手数料をそのまま取ることは可能です。Go To イートを機に値上げするのは禁止しています。逆に値下げや無料にすることはもちろん可能です。結果的に4サイトで無料になっています」
他にも予約サイトは、「基本手数料」という月額の掲載料を飲食店から取っているが、これも従来からあったもの。これについては「Go To イートで新規に各予約サイトへ加盟した飲食店に限って、無料にしています。従来から加盟していた飲食店は、すでに対価を払って予約サイトのサービスを受けてきたので、無料にしなくてよいとしています」という。
加藤勝信官房長官は7日午後、Go To イートの「錬金術」についての受け止めと、対策を取るかを問われ、「私どもも承知しております。Go To イート事業を担う農林水産業において、そうした使い方が国民の皆さんの公平感にみてどうなのか。反することがないように、必要な対応を検討していると承知しております」と、見直しの可能性について言及した。
(J-CASTニュース編集部 青木正典)