「推し、燃ゆ」。21歳作家の「アイドル炎上」小説で、ネットとメディアはこう描かれる【ネットメディア時評】

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   「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」。こんな書き出しで始まるのは、宇佐見りん氏の小説「推し、燃ゆ」だ。作者は21歳。前作「かか」で文藝賞、三島由紀夫賞をW受賞。最新作である。

   主人公の高校生「あかり」が推すアイドル・上野真幸が、ある日ファンを殴って炎上する。本作で描かれるのは、そこから「推し」の引退までの、主人公の生きづらさと、痛々しいくらいの推し活と、その狭間の心情だ。

  • 炎上から始まる文学(イメージ)
    炎上から始まる文学(イメージ)
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炎上もアンチもリアルすぎる

   この記事の筆者はネットニュースの編集長である。「炎上」は、小説でどう描かれているんだろう。気になって、掲載された「文藝」(2020年秋号、河出書房新社)を読んだ。

   うわあ、すごいリアルだこれ。

   何が起きたのか、よくわからないまま、SNSで巻き起こる炎上(夜のうちに発生してるのが実にそれっぽい)。さっそく記事にするネットニュース。それを燃料に、さらに燃え広がる火の手。昼には本人がメディアの取材に応じるが、その態度でさらに反感。ヒートアップするコメント欄。「燃えるゴミ」という、火の玉ストレートな蔑称が付く某掲示板――。

   こういう炎上、何度も見たなあ。たぶんJ-CASTニュースは11時ちょいくらいに、

「上野さんの所属事務所に取材したが、担当者が不在とのことで回答が得られなかった。回答があり次第追記する」

という感じの記事を出しているはずだ。メディア取材の後には、ネットの反応も踏まえてもう1本くらい書くかもしれない。

   その後も「推し」は活動を続ける。が、「炎上」の悪名もあって今一つ順調さを欠く。炎上後初のイベント出演はSNSで「非難囂々」となるし、1年以上経ってもまだインスタグラムのコメント欄には「根強いアンチ」が巣食う。こうしたアンチがインスタから「匂わせ」をあぶりだしていく光景も、既視感ある。それにしても、

「そういう人(=アンチ)が新規のファンより長いあいだ推しの動向を追っているのは単純に驚きだった」

という主人公のつぶやき、わかりみが深い。

テレビをニュースサイトで見る主人公

   この「炎上」描写の中で――というより、作品全体を通して、影が薄いのがテレビや雑誌などの紙メディアだ。

   炎上だから主戦場はネットだろ、と思うかもしれない。でも作中ではちゃんと(現実と同じように)テレビや雑誌も、この炎上を取り上げている。だが、主人公はそれを見ていないのだ

   さっきも書いたように、「炎上」の第一報を伝えたのはネットニュースだ。昼過ぎの第2報は、テレビ局による取材だろう。だが、主人公はそれをニュースサイトで見る。コメント欄にGood/BadボタンがあるのでYahoo!ニュースだ、たぶん(ガルちゃんじゃないと思う)。

   もちろん、推しが登場する番組はチェックしている。グループ解散・芸能界引退を発表する記者会見も、明記はされていないがテレビで見たようだ。だが、より重要なのが、推し自らの「インスタライブ」である。解散・引退にしても、そのインスタライブで「フライング発表」される。テレビの立場はない。

   紙メディアにいたっては、もっと扱いが軽い。週刊誌の(わかってない感の強い)スキャンダル記事を、主人公は立ち読みで済ませてしまうのである。それだけだ。

映画「新聞記者」と比べたくなる

   思い出したのは、映画「新聞記者」だ。さらに言うと、映画についての林香里氏の論考である。

   林氏が書くように、この映画では物語上重要な役割を果たしたり、「正しい」情報として登場したりするのは新聞であって、ファクスであって、つまり「」だ。一方、ネットは「怪しい」もの、「うさん臭い」ものの象徴のように描かれる。これでもかというほど。

   映画のクライマックスは、確かに泣ける。主人公たちのスクープは輪転機にかけられ、販売店を経て、家々のポストに、売店のスタンドに、人々に届けられていく。巨悪が暴かれる瞬間である。

   でも、これは現代の話のはずだ。「推し、燃ゆ」と同じように。でも、ネット版の記事がヤフトピに入ったとか、トレンド入りしたとか(クソリプは来る。ちなみにトレンドは、「推し、燃ゆ」では何度か出てくる)、そういう話は一切出てこない。現代の話なのに。落差!(なお、炎上のエネルギー量は、受け手との認識の落差の2乗に比例する)

   さて、当たり前だが「推し、燃ゆ」にとって炎上はあくまで舞台装置で、そんな中でも推しを推し続ける主人公の姿こそが、作品の主題だ。ハフポストに掲載された加藤藍子氏による作者インタビューや、ねとらぼGirlSide編集長・青柳美帆子氏の論考がそこを深掘りしている。

   小説本編も、河出書房新社から9月10日に単行本が発売されている。「おじさん構文」で声優にリプを送っちゃうおじさんも出るよ。

(J-CASTニュース編集長 竹内 翔)

【J-CASTネットメディア時評】
いまインターネットでは、なにが起きているのか。直近の出来事や、話題になった記事を、ネットメディアの「中の人」が論評します。

竹内 翔 J-CASTニュース編集長
1986年生まれ。広島県出身。2011年、ジェイ・キャスト入社。以来、ネットニュースを4000本くらい書いてきました。2018年10月から現職。(Twitter:@netnewsman

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