誰もが使う可能性があるけれど、実物をちゃんと見たことはほとんどない。いざという時に混乱してしまうかも――。救命処置のための医療機器「AED(自動体外式除細動器)」に対し、多くの人が感じる不安ではないだろうか。そんなAEDを普及・啓発する商品がバンダイ(東京都台東区)から発売され、「勉強になる」とツイッターで話題を集めた。AEDを小さなフィギュアにし、カプセルトイの「ガシャポン」として売り出したのだ。
手のひらサイズながら、各パーツは本物同様の再現度。それもそのはずで、国内唯一のAEDメーカー・日本光電工業(東京都新宿区)が監修し、細部のつくりまで徹底的にこだわった。両社に商品化の経緯を聞いた。
「300円でめっちゃ勉強になる」「こどもに買い与えよう!」
バンダイが開発したのは「ガシャポン ミニチュアAED」。日本光電の監修を受けたコラボ商品で、サイズは3~5センチの小ささながら「形状やパーツ構成を忠実に再現」(プレスリリースより)しているのが最大の特徴だ。フタは開閉式になっており、中に電極パッド、診断パネル、ショックボタン、成人・小児モード切換スイッチなどがしっかり収納されている。音声や液晶画面、実際の機能は備えておらず、あくまでカプセルトイとして楽しめる。
ラインアップは普及率の高い3モデルとモバイルタイプの全4種で、価格は300円。発表は「救急の日」の9月9日に合わせた2020年9月8日で、順次発売されると21日ごろからツイッター上で話題を集め、称賛する声があがった。
「300円でめっちゃ勉強になる」
「こどもに買い与えよう!」
「これは後学のために欲しいね」
「これがきっかけでAEDの使用法が普及していけば...本当に素晴らしいアイデア」
「こういう切り口からAEDの使い方を普及しようというBANDAIさんと日本光電工業さんの心意気は斬新かつ素晴らしい」
AEDは、痙攣(けいれん)して血液を流すポンプ機能を失った状態(心室細動)の心臓に電気ショックを与え、正常なリズムに戻すための医療機器。駅や空港、学校、ビルなどさまざまな施設に設置されている。AEDの使用は「時間との勝負」。日本光電が運営するウェブサイト「AEDライフ」では、「一分一秒でも早く電気ショックを行うことが重要です」としている。
電気ショックが成功する可能性は1分ごとに7~10%低下する。日本では救急車が現場に到着するまで平均8.7分を要すが、8分経つと成功率は約20%まで下がることになる。そのため、「救急車が到着する前に傷病者の近くにいる私たち一般市民(バイスタンダー)がAEDを使用して電気ショックをできるだけ早く行うことが重要」(AEDライフより)。04年から医療従事者でなくても使用できるようになり、2018年中に一般市民が使用した事例は1254件あった。
実際のAEDは音声ガイドで操作方法が説明され、機械が必要と判断した場合のみ電気ショックが流れる。深い知識がなくても使える設計だが、今回のミニチュアAEDに対するネット上の反応で目立ったのは「以前AEDを使おうとして取り出したとこで救急車来て使わなかった経験あるけど、取り出した所で出来るのか...とバクバクなりながらだった」といった、いざという時に使えるかどうか不安に思う声。ケースの中の構造まで把握している人は決して多くないだろう。
「普及・啓発のためにと協力させていただきました」
バンダイとしても、商品化のねらいの1つはそこにある。前出のプレスリリースでは「現在では全国に約 60 万台が設置されていますが、その仕組みについては詳しく知らない人が多い状況です。本商品は、手軽に購入できるガシャポンのメリットを生かして AED の仕組みをより多くの方に普及し、緊急時の早急な対応を可能にするために、普段は見ることのできない AED の中身まで忠実に立体化しました」と説明している。
日本光電も9月8日の発表で、「実際にAEDの中身を見たことがない、触ったことがないという方に対して、AEDをより身近に感じ、使い方を簡易に学べるよう、教育的観点から監修しました。お子様から大人まで幅広い世代の方が、普段使う機会の少ないAEDの中身を触って、使い方を体験できる仕様になっており、本製品の取扱説明書ではAEDの使用方法も紹介しています」としており、今回の商品が予行演習としての役割を果たすことを期待している。
日本光電AED営業部の担当者は25日、J-CASTニュースの取材に「昨年企画をいただきました。AEDを玩具にするという経験はなかったのですが、社内で検討のうえ、普及・啓発のためにと協力させていただきました」とし、こう話す。
「監修として私たちができたのは『リアルさの追求』。本物のAEDに近くなるよう、機器の貸し出しや試作段階のチェックなどをし、ボタンも押せるようになっています。『AEDライフ』で使い方などは紹介していますが、ガシャポンという『物』で実際に触れることにより、直感的に使い方を学べるのではないかと思います。
ガシャポン化にあたっては、啓発や教育の観点から製品リリースをしていただきたいとお願いしていました。それは取扱説明書で実際のAEDの使用方法を説明いただいた点などに現れており、『遊びながら勉強できる』という配慮をいただきました」
ネット上の反響については「AEDに関心がなかった層にも、AEDや心肺蘇生とはどんなものなのか、という意識が広がりはじめているのは本当に嬉しく思います。これをもってAEDの認知度と使用率の向上に貢献できれば、弊社としてはこんなにありがたいことはありません」と話した。
20~30センチ→3~5センチに...「非常に難しかった」
商品を企画・開発したバンダイのベンダー事業部・望月一輝(かずてる)さんは28日、J-CASTニュースの取材に、商品化の経緯をこう語る。
「元々は、子供向けの知育要素のある商品を作りたいと考えたのが企画のスタートで、信号を守ろう!とか、寝る前に歯を磨こう!とか、ガシャポンを通して伝えることは出来ないかと考えました。その後企画出しに苦戦をした状況が続き、悩みながら街を歩いていたら、AEDを見かけまして『あ、これだ!』と思いつきました」
「知育」については、商品公式サイトに本物のAEDの使い方を解説する動画を公開している点にも現れている。「日本光電工業様とは『AED普及』を共通の目的とし商品化を行いましたので、本商品に興味を持って頂いた方に、実際のAEDの使用方法を知って頂きたく、動画を公開させて頂きました」と望月さんは話す。
日本光電のAEDは幅と奥行が20~30センチメートルあるが、ミニチュアAEDの大きさは3~5センチ。ガシャポンサイズにするのは容易ではなく、苦労もあったという。
「シールの調整に一番苦労を致しました。シールのデザインは、本物と同じ縮尺でデザインに落とし込むと、文字が全く見えなくなってしまうので、お借りした実機を参考にさせて頂きつつ、微妙な文字の大きさ調整を頑張りました」
「細部を再現するのは非常に難しかったですね。ガシャポンの商品サイズ故に、チューブの長さ調整には苦労を致しました。商品サイズが小さいため、チューブの長さが長すぎてもダメ、短すぎても遊びづらい、など微妙な長さ調整に苦労を致しました」
ネット上では「見かけたけど、すでに売り切れだった」という声もある。売上は「お陰様で好調のようです」といい、リピート生産は取材時点で未定。ネット上で反響があがっていることを伝えると、望月さんはこんな思いを明かした。
「正直ここまで多くの反響があるとは思わず、担当として驚きつつ大変有難く感じております。私自身も本商品の商品開発を行うようになってから、街中で歩いていると『あれ?こんなところにAEDあったんだ』と気が付くことも多くなったりしましたので、ぜひ皆様もAEDの使い方を知って頂きつつ、街中のどこに置いてあるのか?などを意識して頂けると有難いなと思います」
(J-CASTニュース編集部 青木正典)