「1強」とも呼ばれた安倍政権があっけなく退陣し、後を継いだ菅義偉首相は行政機構改革を旗印に掲げて始動した。その中でも目玉となるのが、菅首相が自民党総裁選の公約として掲げた「デジタル庁」の創設だ。
確かに新型コロナウイルスの感染拡大に伴う現金給付の混乱で露呈したように、日本のデジタル化の遅れは深刻だ。歴代最長だった安倍政権でも成し遂げられなかった課題に対して、菅首相はどんな手腕を発揮するのか。
2021年中のデジタル庁設置を目指す
「国民に10万円届けるに当たって、コストが1500億円かかっているというのは、デジタルの世界ではあり得ない」。2020年9月16日に発足した管内閣でデジタル改革担当相に就いた平井卓也氏は、就任記者会見で日本のデジタル化の遅れを嘆いた。平井氏が名指ししたのは、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた公的支援策として、国民に一律10万円を配った「特別定額給付金」の申請や支給のプロセスだ。
全国民に番号を振る「マイナンバー」は制度として存在するが、電子手続きの「鍵」として機能するマイナンバーカードの配布率は2割程度にとどまり、そのカードで給付金のオンライン申請をしようとしても使い勝手が悪いために受け付けを取りやめる地方自治体が続出。結局は書面による申請というアナログな対応になり、費用が膨らんでしまった。他の先進国では、支援策の条件に当てはまる国民は手続きをしなくても銀行口座に現金が振り込まれたケースもあり、行政機関のデジタル化では周回遅れになっている日本の実態が浮き彫りになった。
菅首相が目論むのは、複数の省庁に担当が分かれるデジタル分野の行政機構改革を通じた縦割り行政の打破だ。政府内では内閣官房、総務省、経済産業省にデジタル分野の関連部局があり、これらを統合する形でデジタル庁を設置する案が有力になっている。平井氏は2021年中の設置を目指し、21年の通常国会に関連法案を提出する方向で作業に着手した。
各省から権限と予算を引きはがすことに
だが、こうした行政機構改革は決して一筋縄にはいかない。各省から権限と予算を引きはがすことになり、官僚や族議員から激しい抵抗が予想されるからだ。菅首相は政権発足から1週間後の2020年9月23日、全閣僚を集めた「デジタル改革関係閣僚会議」を開き、デジタル庁新設に向けた作業を急ぐよう正式に指示した。マイナンバーカードについても「普及促進を一気に進め、各種給付の迅速化や行政手続きのオンライン化を行う」と述べた。こうしたオンライン化を巡っては、日本の「ハンコ文化」が支障になっているとテレワークの普及に伴って改めて指摘されているが、印鑑の関連業界を地元に抱える自民党議員が中心となった「ハンコ議連」の存在でも分かるように、規制改革を進めるには複雑に絡み合った利害関係を解きほぐす必要がある。
デジタル改革をぶち上げて、行政機構改革と規制改革という困難な課題に着手した菅政権。政権を発足させたばかりで、自民党内で派閥に所属しない菅首相ではあるが、在職が7年8カ月にも及んだ官房長官として中央省庁を操った手練手管と、自民党三役は未経験ながらも政権運営で与党と張り合ったしたたかさを首相としても発揮できれば、安倍政権でも道半ばだった改革を進められるかもしれない。デジタル改革の具体的な中身が出てくるのはこれからで、菅政権の実力が試されている。