外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(23) 「自己責任」論とコロナ禍

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変わる世論

   拉致事件の発生直後、世論は3人にむしろ同情的だった。しかしある日を境に空気は変わる。齋藤さんが注目したのは、4月27日付毎日新聞朝刊の「イラク邦人人質:読者の声から見た事件」という特集記事だった。これは東京本社の読者室に寄せられた電話、ファックス、電子メール、手紙などの投書450件を分析した記事だった。

   武装勢力が最初に出した声明で「自衛隊撤退期限」とした4月11日までは、自衛隊撤退の是非を論じた意見が主流で、うち7割を撤退賛成論が占めた。つまり、3人を救出するために、自衛隊を撤退させるべきという意見が大勢だった。

   ところが12日になると、撤退論と撤退不要論の比率が逆転する。この日は期限を過ぎても人質が解放されず、外務省などに詰め寄る家族らの焦りや心を痛める様子がテレビで大きく報道された日だった。

   そして13日以降は、「家族や本人は調子に乗りすぎている。自己責任であり、かかった費用は本人たちが負担すべきだ」(男性)など、ほぼ7対3の割合で人質や家族への批判が大勢となった。

   潮目が変わるきっかけになったのは、4月10日、大勢の報道陣が見守る中で、外務省の担当者が待機する家族のもとに行き、話し合いの場をもったことだった。

「すみません、時間がないんです。そんなことを言っている場合じゃないんです」
「今、普通の状況じゃないんじゃないですか。そういう認識なんですか。いま、普通だと思っているんですか」

   強い調子で担当者に問いただすそうした家族の様子は、当日は土曜日ということもあり、控えめに報じられただけだったが、週明けの12日にはワイドショーやニュースで繰り返し流された。

   バッシングが始まったのは、それからだ。自宅や家族、待機場所にはおびただしい数の非難や中傷の電話やファックスが寄せられた。

   一方ではメディアも、拘束事件が自衛隊撤退論に結び付くことを恐れた政府の誘導に利用された感は否定できない、と齋藤さんはいう。その最たるものが「自作自演説」で、共同通信は同じ日、武装勢力の声明文を分析した政府関係者の話として「日本の国内事情に詳しすぎ、不自然だ」「まるで日本人が書いたような違和感を持つ部分が多すぎる」として「日本国内の人間とつながっている可能性も否定できない」という見方を配信した。この記事は、インターネットの掲示板「2ちゃんねる」などで繰り返し流されていた「自作自演説」に勢いをつけた。

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