米中対立の「余波の余波」が... キリンHDが、低迷オーストラリア事業の売却に苦戦する背景

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   キリンホールディングス(HD)が、予定していたオーストラリアで乳製品や飲料を扱う「ライオン飲料」の売却中止に追い込まれた。2019年秋に中国国有の乳業メーカーに売却することで合意していたが、豪政府の外国投資審査委員会(FIRB)による承認が得られない見通しになったため。豪州と中国の関係悪化が背景にある。

  • ライオン飲料公式サイトより
    ライオン飲料公式サイトより
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もともと友好的だった豪州と中国だが...

   キリンHDは2007年、ライオン飲料の前身を約2940億円で買収、その後も豪州で乳業や酒類メーカーを買収して傘下に収めていった。しかし、現地企業との競争激化で収益は低迷が続き、干ばつによる牧草生産低迷で牛乳の仕入れ価格が上昇する逆風もあり、2020年4月には、ライオン飲料の影響として約571億円の特別損失計上を余儀なくされた。

   こうした経緯を踏まえ、キリンHDはライオン飲料を非中核事業と位置づけ、売却先を探した結果、2019年11月、中国の「蒙牛乳業」に6億豪ドル(約460億円)で売却する契約を結び、2020年2月には公正取引委員会にあたる豪競争・消費者委員会の承認は得ていた。

   フライデンバーグ豪財務相も「国益に反する」として反対。キリンHDは、今後も政府の許可が得られないと判断し、「断念」を発表した。今後も豪政府の厳しい対中姿勢は変わらないとみており、中国企業以外と売却交渉を進める考えだ。

   売却断念の背景にあるのが、豪中関係の急激な悪化である。

   もともと両国の経済関係は深く、特に豪州にとっては、輸出の3割超が中国向けと、一番の貿易相手国で、最大の輸出品である鉄鉱石は8割以上が中国向け、農産品輸出も羊毛は7割超、大麦は6割超を中国が占める。

   ここに影を落としたのが米中対立だ。米トランプ政権が次世代高速通信規格「5G」から中国・華為技術(ファーウェイ)の排除に動き、豪州は2018年8月に米国に同調すると決め、豪中関係が悪化。中国が豪産大麦の反ダンピングに関する調査や石炭の輸入手続きの検査強化を始めた。

米中以外の国でも「踏み絵」迫られる

   両国関係が決定的に悪化したのは2020年4月、豪州が新型コロナウイルスの発生や感染拡大の経緯について、独立した調査を要求したからだ。当時、発生源の中国に対し情報開示が遅れたなどとして欧米で批判が起こり、賠償論も広がっていた。このため、調査要求した豪州に強く出て威嚇することで中国批判の拡大を抑えようとしたとみられている。その後、香港や南シナ海を巡っても豪中の関係悪化が加速している。

   中国は5月に「検疫上の理由」で豪産食肉の輸入を一部停止したほか、豪産大麦の価格が不当に安いなどとして、80%超の追加関税を課すことも表明。8月には豪産ワインに関して反ダンピング(不当廉売)調査に着手したと発表した。

   さらに、豪州で近年のチャイナマネーの流入への警戒感の広まりもあって、米中対立とも相まって、2020年3月に海外からの全投資案件を審査すると決定。6月には安全保障に関わる事業への投資について規制を強化する方針を決めており、キリンHDの「ライオン飲料」売却にストップがかかったのも、こうした流れの延長上にある。

   キリンHDにとって、ライオン飲料の売却で、海外の低採算事業の整理にほぼかたを付けられるはずだっただけに、今回の断念は痛手だ。新型コロナウイルスの感染拡大で、世界の飲料・食品業界は業績が悪化しており、新たな売却先を探すにあたっては、売却額が蒙牛乳業との契約額を下回る懸念もある。

   今回の案件に限らず、「米中対立の激化で、日本企業が米中どちらにつくかの〝踏み絵〟を迫られる局面が増える」(シンクタンク)。それは、直接米中両国だけでなく、関係国も巻き込んだ幅広いものになっていることを、今回の豪州の例は示した。国際展開する日本企業が解かなければならない連立方程式は、また難度を増した。

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