辞任した安倍晋三氏の後任首相に菅義偉・前官房長官が就任した。アベノミクスの継承を掲げ、「自助、共助、公助」「規制改革」「地方銀行、中小企業再編」などがキーワードとして聞こえてくる経済政策「スガノミクス」はどんなものなのか。菅氏の人脈から占うと、かなり新自由主義的とみえる。
菅氏は「アベノミクスを引き継ぐ」と言明しており、アベノミクスの「3本の矢」のうち、異次元緩和、つまり日銀による超金融緩和政策の継続は明言。財政出動については、当面の新型コロナウイルス感染拡大への対応で必要な財政措置は継続するほか、財政再建についても、消費税を「今後10年程度上げない」という安倍氏の考えと同じだと主張し、財政再建に必ずしも前向きでなかった前政権の姿勢を踏襲しそうだ。
中小企業改革
問題は第3の矢である成長戦略で、これには多彩な顔触れが見え隠れする。
まず、菅氏が安部内閣時代に旗を振った外国人旅行客(インバウンド)拡大策の〝火付け役〟といわれるのがデービット・アトキンソン小西美術工芸社長。その著書『新・観光立国論』を菅氏も参考にしたといわれ、2020年に2000万人という目標を、16年に4000万人と一挙に2倍に引き上げ、出国税(国際観光旅客税)創設を推進し、観光予算は100億円から700億円に増やした。
アトキンソン氏は日本の生産性が低いとして、特に中所企業の「非効率」を訴え、再編を提唱している。今回の自民党総裁選の政策で、菅氏が掲げた「中小企業再編」も、アトキンソン氏の影響と見られている。菅氏は、総裁選告示前の9月5日の日経新聞インタビューで「足腰を強くしないと立ち行かなくなってしまう」として、「中小の再編を、必要であればできるような形にしたい」などと述べ、その後の会見などでも同様の考えを繰り返している。「再編」とは、合併による規模拡大などで効率化するという意味だろう。
日経新聞はこのインタビュー後、繰り返しこの問題を取り上げ、例えば新政権発足を受けた17日朝刊4面(東京最終版)の経済政策に関する記事で、企業数の99.7%(358万社)を占める中小企業の生産性が低いまま放置されることで、日本経済全体の効率化が進まないとして、「地方の再生を掲げる菅氏にとって、最低賃金上げや中小企業政策の転換は避けて通れない」と、菅首相の背中を強烈にプッシュしている(日本の生産性について日経新聞は長年、このように主張している)。
最低賃金引き上げ論
アトキンソン氏はかつて米大手証券ゴールドマン・サックスで日本経済分析のアナリストを務め、いわば新自由主義経済の米国からの「伝道師」ともいえる存在。最低賃金引き上げなども訴えており、賃金が低いから非効率企業が増える、といった主張をしている。
ただ、中小企業が非効率だと、単純に割り切れるものでもない。少人数で大工場を動かす大資本と、細かい部品を労働集約的に作る町工場を単純比較しても、国全体の産業構造で、町工場なしに自動車産業などが成り立たないことを考えれば、どれだけ意味があるかは疑問。日本のように大メーカーが何万社もの中小サプライチェーンを抱えるモノづくりが柱になっている国と、製造業が育たず、低税率で米国などの巨大IT企業や金融機関の本社を誘致しているだけの欧州などの小国を比べれば、後者の生産性が高くなるのは当然だが、だから国の経済力が日本は劣っているというわけではない。
一般に大企業の方が生産性は高いが、力の弱い中小企業が取引条件(納入単価など)で不利な扱いを受けるというように、中小企業の付加価値の一部が大企業に奪われていることも一因と指摘される。
2020年版の「中小企業白書」「小規模企業白書」(中小企業庁)は、中小企業の実態は極めて多種多様であり、期待される役割や機能を意識した支援策が必要だと強調しているのは、長年の中小企業政策からは当然の指摘だが、菅政権は、こういう姿勢を転換するのだろうか。
竹中平蔵氏との関係
安倍政権で「未来投資会議」メンバーなども務めた竹中平蔵パソナ会長も、菅氏が総務副大臣として竹中総務相に仕えた仲。その竹中氏は小泉純一郎政権の金融担当相として「不良債権処理」のハードランディング政策を推進。厳しい銀行検査で融資先を不良債権と認定し、貸倒引当金を積ませるという圧力をかけ、資本不足に陥った足利銀行などの地銀を破綻に追い込んだほか、大手行にも再編を迫り、三菱UFJ、三井住友、みずほの3メガバンクに集約された。
不良貸出先は「ゾンビ企業」と呼ばれ、大手でもダイエーやカネボウなどが破綻したが、融資先の中小企業も激しい「貸しはがし」で多くの倒産が発生した。竹中金融行政には不良債権問題を終わらせたと評価する声の一方、必要以上に中小企業を倒産させたとの批判も根強い。
実は、この「ハードランディング」は、菅氏が師と仰ぐ故・梶山静六元官房長官の主張だった。1998年の参院選敗北で退陣表明した橋本龍太郎首相の後継に小渕恵三氏が就いた際、自民党総裁選で、「ハードランディング」を看板政策に掲げて小渕氏に対抗して立候補したのが梶山氏で、菅氏は梶山氏と行動を共にして小渕派を飛び出した。この梶山路線が、竹中氏によって後に実行された形だ。
どうなる「地銀再編」
今回、菅氏が「地銀再編」を主張したのを、こうした経緯と関連付けてみる向きもある。9月2日の会見で、日銀の異次元緩和の副作用で金融機関の経営が厳しくなっていることに関連し、「地方の銀行について、将来的には数が多すぎるのではないか」と述べ、3日の会見で「再編も一つの選択肢になる」と踏み込んだ。
地銀など地域金融機関は、そもそも人口減少、地域経済の冷え込みに加え、超低金利で利ザヤが薄くなっているため、経営は厳しい。上場する地方銀行78行・グループの2020年3月期の連結最終損益は、57行が減益となり、3行は赤字転落している。
安倍政権は地域経済と地銀がそろって弱っていく状況に対し、再編を進める方針を掲げ、地銀の合併や経営統合を独占禁止法の適用除外とする「特例法」を2020年5月に成立させた。銀行の寡占化で融資先に不利益になることを懸念する公正取引委員会と、金融機関の経営健全化を図る金融庁の間を調整して「特例法」に結実させたのが菅氏で、この延長上の地銀再編論といえそうだ。
このほか、菅氏肝いりの携帯電話料金引き下げについては、産業競争力会議のメンバーだった三木谷浩史・楽天会長兼社長との関係なしに考えられないところ。第4の事業者として楽天が参入に手間取っているが、事業が軌道に乗ることが料金引き下げ競争の大きなカギを握る。