「ここではブラック・ライブズ・マターは相応しくない」
私たちが木陰に移動して話していると、通りかかったユニフォーム姿の男性が話しかけてきて、話の輪に加わった。元消防士だという。
今回は彼らの声をほとんど紹介できなかったが、「ここで政治の話なんかしたくないけれど」と断りながら、意気投合して民主党支持者を批判していた。
彼らは「サイレント・マジョリティ」である自分たちの勝利、トランプ大統領の再選を信じている。
元消防士が、「さっき、『ブラック・ライブズ・マター』のTシャツを着たやつがいて、『ここでそれは相応しくない』と誰かが声をかけたらしい。やつらはマルクス主義の組織で、黒、白、ピンク、黄色、皮膚のどの色とも無関係さ」
すると、コネティカット州の男性が言い添えた。
「しかも、ここは政治なんかを持ち込む場所じゃない。ここで殺された人たちを追悼する場所だ」
コネティカット州の男性は私に、「君はメディアだから、トランプ支持者の僕らの発言を、都合のいいようにねじ曲げて書くんだろ。メディアは信用できない」と何度か言った。
私はこの連載を通して、日本ではあまり報じられないトランプ支持者の声も、なるべくそのまま取り上げるようにしていると伝えた。
彼はなかなか信用しようとしなかったが、ついに笑顔になり、「これからすぐそばのアイリッシュ・パブに飲みに行くから、一緒に来ないか」と元消防士と私を誘った。毎年、恒例だという。
ニューヨークではコロナ対策で、店内での飲食は禁止されているため、パブの外のテーブルには、式典に参加したユニフォーム姿の警官や消防士らが群がっている。マスクをしている人は、1人もいない。
彼はビールを1杯、おごってくれた。
その夜、WTC跡地近くから、上空へ高く伸びる2筋の青い追悼の光が灯された。100キロメートルの距離からでも確認できる明るさだという。
スタッフのコロナ感染防止を理由に、この恒例のライトアップは当初、中止と発表されたが、遺族や市民から実施を求める声が高まり、実現した。
同時多発テロによる犠牲者は3000人、そして19年後の今年、全米のコロナによる死者はそれを遥かに超え、20万人に迫っている。(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。