84階にいた夫からの電話
式典会場の外で、3本の白いバラを手に立っている女性がいた。大量の有毒な粉塵を吸い込んだことが原因で、4年前に父親を癌で亡くしたという。
「ニューヨークは活気あふれる街なのに、今はコロナで閑散としている。19年前のあの時も同じように、この街は沈黙していた。多くの人が亡くなり、街は閉鎖されて人影がなく、薄暗い陰鬱な雰囲気で、まるで映画のシーンのようだった」
そこへ別の女性が現れ、「その花、どこで買ったの?」と声をかけてきた。
「1輪、どうぞ」と手渡そうとするが、その人は遠慮する。声をかけた女性は、4人の子供連れだった。あの日、弟を亡くしたという。
私と話していた女性が、「あなたのお子さんたちが、叔父さんに花を捧げられるように」ともう1度、バラを差し出すと、女性は笑顔で受け取った。
胸に夫の写真をプリントしたTシャツを着た女性(68)は、あの朝、テロが発生した後、夫から電話があったという。世界貿易センタービルの84階にいた。
「今からオフィスを出る。下に降りたらまた、電話するから」
しかし、電話はなかった。遺骨も遺品も見つかっていない。
女性は毎年、この日はここを訪れるという。
「辛いけれど、ここにいると、心が落ち着くの」