外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(22)新型コロナの実態 これまでに分かったこと

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保健所や感染症研究所の増強が必要

   前述のように、PCR検査体制の強化や、保健所や国立感染症研究所の能力増強が必要であると指摘されていたのに、顧みられなかった。

「また、09年には、発熱外来をめぐっても大きな混乱が起きた。本来は、まず保健所などが発熱相談センターで相談を受け付け、都道府県が指定した医療機関が発熱外来で患者を診る仕組みだった。渡航歴がない高校生らの感染が判明してから、相談センターに電話が殺到し、発熱外来にも心配した人が押し寄せてパンクした」

   その結果、対策総括会議の提言を受けて行動計画が変更され、今回の新型コロナで使われた「帰国者・接触者相談センター」の原型ができた。今回は混乱を避けるため設置場所が伏せられ、大勢の人が列を作ることはなかったが、逆に「具合が悪いのに診てもらえない」という不満が爆発した。

   「09年の教訓で、検査を受けるべき人が受けられるように変更したはずだったが、今回はそれが逆効果になってしまった。2月初旬には中国への渡航歴が無く、接触者でもない感染者が増え始めていたので、遅くとも3月には名称変更を含めて検討するべきだったと思う」と大岩さんはいう。

   過去に起きた混乱の原因を整理し、それを制度に反映させるには、専門家だけでなく、メディアの議論や、一般の人々が参加して合意する議論の場が必要だ。急場をしのげば「喉元過ぎれば熱さ忘れる」というのでは、同じ混乱を繰り返すことになる。

   大岩さんは、そう指摘する。

   今回のコロナ対策では、政治家と専門家の関係や役割分担についても問われた。この点も、09年の検証で、すでに指摘されていた。

   大岩さんは、この間、「専門家が独立して情報や意見を発信できていなかったのでは」という疑問を持ったという。法的根拠がはっきりしなかった当初の専門家会議は、内閣府の分科会と、厚労省の専門家会合(アドバイザリー・ボード)に分かれた。だが、分科会には、経済など分野のまったく異なるメンバーが入り、科学や医療の専門性が薄れ、何をアドバイスする会なのか、かえってあいまいになった。

「現状では、政府の政策の承認や追認に終わっている感が強い。しかも、経済の専門家と感染症の専門家が同じテーマで議論すれば、どこまでが感染対策で、どこからが経済再生策なのか、はっきりしないまま判断することになる。経済再生は別の機関で議論し、感染対策の専門家とは別に意見をあげて政治家が決断する方が、役割分担や責任が明確になる」

   安倍前首相は、今回のコロナ禍を通して、専門家や文科省の意見や調整を経ずに「全国一斉休校」を呼びかけたり、新型インフルエンザの治療薬として条件付きでしか承認されておらず、まだ一度も使用されたことのない「アビガン」を治療薬として期待していると、記者会見で名前を挙げて紹介したりといった前のめりの姿勢が目だった。

「私が取材した専門家には、一斉休校に疑問を抱く人も多かった。アビガンも、胎児に奇形を誘発する恐れがあるために条件付き承認になっているので、官邸のプレッシャーに対し、厚労省が筋を通して抵抗したと聞いている。専門家は科学的な根拠とそれぞれの知見に基づいて、安全性重視など、独自の姿勢を貫き、きちんと政治家に対して意見を主張してほしい」

   情報のニュース・バリューは、受け取る側の「関心度」と「切実さ」の積だと思う。しかし広く健康や安全にかかわる「科学報道」は、他の分野以上に、「正確さ」と「慎重さ」が求められると思う。「ここまでしか書けない」という壁がいつも立ちはだかるが、読者のために、「ここだけは譲れない」という疑問点や問題点を明確にする。大岩さんの話に、そんな科学ジャーナリズムの姿勢を感じさせられた。

*)熊本大学が9月26日13時~16時、オンライン公開講座「新型コロナウイルス研究の最前線」を開催する。治療やウイルス研究、創薬の専門家、厚生労働省の医務技監が講演する。聴講は無料。大岩さんがコーディネーターを務める。詳細、申込は下記から。
https://bit.ly/2RkB8Ep

ジャーナリスト 外岡秀俊




●外岡秀俊プロフィール
そとおか・ひでとし ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員
1953年生まれ。東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマにした『北帰行』(河出書房新社)で文藝賞を受賞。77年、朝日新聞社に入社、ニューヨーク特派員、編集委員、ヨーロッパ総局長などを経て、東京本社編集局長。同社を退職後は震災報道と沖縄報道を主な守備範囲として取材・執筆活動を展開。『地震と社会』『アジアへ』『傍観者からの手紙』(ともにみすず書房)『3・11複合被災』(岩波新書)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)などのジャーナリストとしての著書のほかに、中原清一郎のペンネームで小説『カノン』『人の昏れ方』(ともに河出書房新社)なども発表している。

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