自民党の菅義偉・総裁は2020年9月16日に首相に選ばれ、新しい内閣を発足させる。内閣の顔ぶれは新政権のイメージや勢いにも直結する。新閣僚はどのように選ばれるのか。
菅氏は16日に招集される臨時国会での首班指名選挙を経て、第99代首相に就任する。菅氏は直ちに組閣本部を立ち上げ、新内閣のメンバーを最終決定する。16日夕にも新官房長官が閣僚名簿を発表し、皇居での認証式や初閣議などを経て新政権が本格的に始動する。新閣僚1人ひとりが行う記者会見も16日夜に断続的に行われる見通しだ。
安倍内閣、最後は「在庫一掃」とまで...
15日17時時点で、新しい官房長官に加藤勝信・厚生労働相を起用することで調整が行われていることや、河野太郎・防衛相の総務相就任、麻生太郎・副総理兼財務相、茂木敏充・外相らの留任が固まったなどと報じられている。
新聞社やテレビ局などの政治部は閣僚人事の全容をいち早く報じようと、「総力戦」で取材に当たる。取材対象は、閣僚候補本人のみならず、首相官邸の「高官」や自民党の党役員、各派閥の幹部ら、多岐に渡る。
かつての自民党では、衆院当選5回以上、参院当選3回以上とされる「入閣待機組」を、各派閥が閣僚候補として首相側に推薦することで事実上、内閣の陣容が決まっていた。歴代の首相も事前に候補者にポストを提示した上で、入閣を打診するという流れだったため、この過程で組閣前日には閣僚人事の大半がメディアに伝わるというパターンだった。
ところが2001年に首相になった小泉純一郎氏はこの派閥順送り型の人事を徹底的に排し、派閥の推薦は一切受け付けず、閣僚人事を全て自分で決めていた。安倍晋三氏も第1次内閣の人事では「小泉流」を踏襲し、派閥からの推薦を一切受けなかったが、政治信条などが近いメンバーらや自民党総裁選で安倍氏を支持した議員で組閣を行った結果、「お仲間内閣」や「論功行賞内閣」などと揶揄された。
2012年の政権再交代後、同じ年の自民党総裁選で自身を支持した議員だけでなく、総裁選で戦った石原伸晃氏や林芳正氏までも入閣させた第2次安倍内閣だったが、政権が長期化して改造を重ねる度に派閥推薦の候補者の登用が増え、19年秋の改造では「在庫一掃内閣」などと酷評された。
待機組の悲哀 「呼び込み」の電話は鳴るか
今回の「菅内閣」では、一部で「入閣が決まった」と報じられている坂本哲志氏(衆院当選6回)や平沢勝栄氏(衆院当選8回)をはじめとする、60人前後とされる入閣待機組は処遇されるのか。
閣僚候補は通常、組閣の日は首相官邸近くの議員会館に待機し、首相からの連絡を待つ。安倍政権では、電話で「閣僚として入ってもらいたい。ポストは後で伝える」と具体的には伝えず、電話を受けた候補者が官邸に足を運んで首相から正式にポストを通知されるのが通例だった。この一連の流れは「呼び込み」と称される。
第2次安倍政権の後半では、組閣前日に電話が入るケースもあったという。こちらは「内定」と呼ばれている。第2次安倍政権で2回閣僚を経験した自民党議員は明かす。
「安倍さんから前の日に『この度、内閣で働いてもらうことになりました。(ポストなど)詳しくは明日お伝えします』と携帯に電話が入りました。『この話は明日まで絶対に口外しないでくださいね』と念押しされましたね。推薦した議員が入閣から漏れた派閥からの『横やり』を警戒していたんじゃないですかね」
この議員は内定の電話を受け、選挙区から上京していた妻に、皇居で行われる認証式で着用が決められているモーニングを準備するよう、お願いしたという。
15日17時時点では一部報道で、橋本聖子・五輪パラリンピック担当相、赤羽一嘉・国土交通相が留任するとされる。これまでのところ、これらの報道が事実となれば、残りは10数ポスト。
菅氏は、14日の自民党総裁選での「論功行賞」的な人選をするのか。それとも自身を推した各派閥からの推薦もある程度は受け付けるのか。そして待機組は15日から16日にかけて、やきもきしながら「内定」や「呼び込み」を待つことになりそうだ。