晩節を汚した? 日本郵政時代
郵政民営化を掲げた小泉政権下では、民営化前の2006年1月に発足した日本郵政の初代社長に就任。郵政民営化に向け、陣頭指揮に当たった。大手銀行のトップを務めた人物が、「敵対」していた「巨大・郵政」のトップに就くことなど、銀行関係者ら、周囲は猛反対したが、それを振り切って転身した。
ただ、JPエクスプレスの大混乱や、かんぽの宿問題でグループのイメージが悪化。懸案とされた特定局長会をはじめとするガバナンス不全にメスが入ることなく、09年にポストを追われた。民主党政権による「見直し」発言など、郵政民営化路線に逆風が吹いたことも、痛手だった。
インターネットには、
「『ラストバンカー』ですか、また一つの時代が終わったんですね。合掌」
「西川さんと同期の方から伝説は聞いております。ご冥福をお祈りいたします」
といった声がある半面、
「故人の悪口は言いたくないが、銀行が助かるためだったとはいえ、取引先や既存株主を切り捨てた経営者として今でも軽蔑している」
「銀行時代に金融面でさまざまな業績を上げていたことは認める。しかし、郵政を民営化し、今の郵政をダメにしてしまった人物です」
「日本郵政は民営化後、利権がらみで政府が据え置く経営陣にずっと振り回され続けている。その犠牲者ではあったと思う」
「郵政の自爆営業をやめさせなかった人か」
と、手厳しい声も寄せられている。