洋上に「新ベルリンの壁」?
戦後の冷戦の到来を、世界のだれもが実感するようになったのは、アジアでは1950年に勃発した朝鮮戦争であり、欧州では「ベルリン封鎖」問題だった。
戦後、西側と東側に分断占領されたドイツで、東側に囲まれたベルリンだけは、特別の地位にあった。旧ソ連軍が米英軍に先駆けてベルリンの西側まで占領したため、ベルリンだけが東の統治区域に浮かぶ「陸の孤島」になってしまったからだ。
1948年に旧ソ連は、西側が統治するドイツとベルリンを結ぶ陸上路を封鎖したが、アメリカは大空輸作戦で物品を大量空輸したため、旧ソ連は10か月後にベルリン封鎖を解除した。しかし、その後も往来自由なベルリン経由で難民が西側に流入する動きが続き、旧ソ連は1961年8月、西ベルリンとの間に「壁」を建設し、動きを遮断するようになった。これが、1989年に民衆によって壊された「ベルリンの壁」だ。
今回の国安法の施行の後、訴追を恐れて海外へ脱出する活動家が少なくない。香港メディアは8月27日、船で台湾に逃れようとした香港の民主活動家ら12人が、23日に南シナ海の海上で中国海警局に不法出国の疑いで身柄を拘束された、と報じた。拘束されたのは、国安法違反の疑いで香港警察に逮捕され、保釈中だった民主活動家の李宇軒氏らだった、という。
野嶋さんはこうした報道を見聞きして、「香港と台湾の間に、新しい『ベルリンの壁』が生まれつつあるのではないか、と直感的に思ったという。
「返還前、西側の香港と中国側の深?の境界は厳しく管理され、簡単には出入りができなかった。返還後は、香港に特別の地位が与えられ、往来は自由になった。だが将来、香港が完全に中国化されたら、冷戦下に壁を越えて西側に脱出しようとした人が銃殺されたように、香港と台湾の間に、超えられない洋上の『壁』ができるのかもしれない」
その場合、洋上の「壁」は米中の「新冷戦」の象徴だろう、と野嶋さんは言う。
野嶋さんは、最近の米国内の対中観を見て、「70年代体制の終わり」を感じるという。1972年2月に当時のニクソン米大統領は電撃訪中をして、米中共同宣言を出し、世界を驚かせた。中ソ対立の間隙を衝いて中国と手を結び、対ソ包囲網をさらに強めるという狙いからだった。
旧ソ連が崩壊し、冷戦が終わっても、西側は中国にいかにコミットし、国際社会の一員として責任ある態度を取らせるかを、基本戦略としてきた。2010年ごろまでは、米国でも日本でも、中国をいかに民主化させ、社会改革に舵を切らせるかという議論が盛んで、それが「親中国派」の期待であり、論拠でもあった。だがここ数年、南シナ海をめぐる基地建設などで、中国に覇権を唱える傾向が強まり、今回の香港介入で、かつての「親中派」の存立基盤は失われたかに見える。かりにトランプ政権が終わり、バイデン民主党政権が誕生しても、「70年代」から続いた「コミットメント戦略」が往時の勢いを取り戻すことはないだろう、と野嶋さんは言う。