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先鋭化の裏にある世代間の意識の差

   しかしなぜ香港では「雨傘運動」以来、これほど多くの中高生が抗議活動に参加するようになったのか。この点について私は当時、香港城市大学で公共政策を教える葉健民教授に話を聞いたことがある。

   当時の梁振英・行政長官は外国メディアとの会見で、学生が求める選挙制度改革について、「住民が代表者を選ぶようになれば、香港住民の半分を占める月収1800米ドル以下の所得層が代表者を決めることになる」と発言した。つまり、当時の換算で月収20万円以下の人々による代表決定は、中国が求める選挙にはなじまない、とする露骨な本音だった。香港の市民は「一国二制度」に「香港人による香港統治」(港人治港)を期待したが、それは許さない、という警告とも受け止められた。

   梁長官の発言について、葉教授は、「月収1800米ドル以上なら、香港では中流階級です」と答え、経済格差に対する若者の不満について説明してくれた。

「失業率は3%程度だが、大卒でもフルタイムの職は少ない。初任給は1400米ドルほどで、ここ数年上がっていない。不動産価格は急騰し、買おうとすれば収入の6割がローン返済に消える。そうした不満が、雨傘運動の背景にあったと思う」

   葉教授によると、雨傘運動を主導したのは「90後」と呼ばれる1990年代生まれの世代だった。この世代は、保守的な「80後」世代に比べ、行動においては直接的、攻撃的で、政党政治に対する不信感やシニカルな態度が目立つ。新聞などは読まず、ネットニュースも見出しを読み流すだけで、情報はもっぱらフェイスブックで仲間から入手することが多い。葉教授は「雨傘運動」の行き詰まりについて、同時並行で台湾で生まれた「ひまわり学生運動」が、その年の末の統一地方選で無所属候補を台北市長に当選させたことを引き合いにして、「カウンター・デモクラシーは、最終的に選挙の投票行動に『翻訳』するのでなければ、力をもたない」と語っていた。

   そうだとすれば、区議会選での圧勝につなげた昨年の抗議活動は、民主派にとっては、「雨傘運動」から教訓を学んだ「成果」ともいえる。だが不幸にも、その「港人治港」の要求の高まりが、「愛国者治港」を求める中国の逆鱗に触れた、と言えなくもない。

   世代による意識の違いについて、香港では09年に高校の必修科目になった「通識教育」の影響を指摘する声も多い。これは中国が求める「愛国教育」とは一線を画し、「報道の自由」など、西側世界と通じる時事問題をテーマに議論し、考える教養科目だ。「雨傘運動」で前面に出た若者たちは、そうした「通識教育」で学び、「愛国教育」の導入に反対した世代と重なっている。

   香港返還の1997年に生まれた世代は、もう23歳になった。返還以前を知る世代は、英国の植民地統治下で、「民主」も本当の「自由」もなかったことを知っている。だが返還後の世代は、「一国二制度」で保障された「民主」や「自由」が所与の前提であり、それが実現しきれていないことを疑問に思い、剥奪されることには激しい抵抗感を覚える。

   若者たちの先鋭化の背景には、そんな意識の違いがあるのかもしれない。

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