外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(21)「感染」理由に選挙延期、香港沖に「新ベルリンの壁」ができるのか

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   今回のコロナ禍を、最も政治的に利用したのは香港政府だろう。香港政府はコロナ禍を理由に、2020年9月6日に予定された立法会(議会)選挙の1年間延期を決めた。中国の全人代常務委員会は6月30日、香港国家安全維持法(国安法)を採択して即日実施し、香港警察はその違反容疑で民主派勢力の逮捕に乗り出している。香港の「一国二制度」の行方を探る。

  •                          (マンガ:山井教雄)
                             (マンガ:山井教雄)
  •                          (マンガ:山井教雄)

香港とコロナ禍

   香港政府によるコロナ情報を公開する「ダッシュボード」によると、9月7日現在、香港域内の感染者数累計は21人増えて4879人、回復者が4511人、入院中が224人、重症者が22人、死者数の累計が98人だ。香港の人口は約745万人だが、それを137万人ほど上回る大阪府の感染者が同日時点で9043人、死者が165人なので、それと比べても、香港が比較的コロナの感染拡大を抑え込んでいることがわかる。

   香港では2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)が域内の二つの拠点病院に拡大し、香港国際航空から世界各国へと感染を広げた苦い経験があった。今回も、対応は早く、1月26日には警戒レベルを最上級の「緊急」に格上げし、最初の感染地である中国・武漢との往来便を停止し、春節休暇の1か月延長を決めた。1月28日には中国本土からの帰還者の2週間の自己隔離、1月31日には公務員の自宅勤務と学校再開の3月1日までの延期を決めるなど、対応は素早かった。

   さらに2月5日には中国からの渡航者の2週間の強制隔離を発表し、のちに違反者には2・5万香港ドルか、最長で懲役6か月の罰則を課した。

   その後、公務員の在宅勤務と休校を何度も延長し、3月17日には、3か月にわたってすべての入境者に2週間の強制隔離と医療観察を義務付け、同29日には、4人を越える公の集まりの禁止やゲームセンター、サウナ、事務などの閉鎖、飲食店には席数半減、テーブル間の距離を1・5メートル取るなどの制限を決めた。

   こうした初動の厳格な防疫措置が功を奏して感染者数は減り、5月26日には3月下旬以来停止していた香港国際空港のトランジット再開を決め、6月には公共の場の集まりを50人まで認めるなど、制限緩和の措置をとった。

   しかし7月19日から1日の感染者数が100人を超え、香港政府は再び制限を強化する。7月19日にはマスク着用を屋内でも義務付け、27日にはデリバリー以外のレストランでの飲食禁止、公の集会は2人までという厳しい措置を取った。

   感染がピークを過ぎた8月17日には、飲食店の昼間の営業を1卓2人まで認め、20日には公共サービスの段階的な再開を決めた。さらに9月2日には1卓2人という制限つきながら飲食店の午後10時までの営業を認め、9月23日からは学校の段階的な再開を予定している。

   日本と比較しても、かなり厳しい措置に見えるが、それだけに経済的打撃は深刻だ。香港政府が7月29日に発表した今年4~6月期の実質域内総生産(GDP)は前年同期比で9%の減となり、1~3月期に次ぐマイナスを記録した。GDPの7割弱を占める民間消費支出が14・5%の減、本土からの旅行客が激減してサービス輸出が46・6%減になるなど、コロナ禍が経済を直撃した形だ。

   だが、こうした統計数字には表れない香港社会の「疲弊」がある。香港では昨夏から、「逃亡犯条例改正」に反対する大規模デモが続き、秋には若者たちと警官が繁華街などで連日のように衝突する事態が続いていた。ホテルや大規模飲食店、ショッピング・モールなどでは営業を休むところが続出し、登下校時に児童生徒が混乱に巻き込まれることを恐れて、オンラインに移行した小中学校も多かった。その後、しばしの小康の時期を経て、今度はコロナ禍という別の大波が襲ってきた。しかも、香港政府とその背後にいる中国政府は、この機会に一気に反中勢力を封じ込めようとして、「国安法」という強硬策を取った。

   たぶん、コロナ禍と中国の強硬姿勢というダブルパンチによって、今の香港はロープ際に追い詰められ、何とか両腕で顎と顔をガードしながらラウンドを持ちこたえ、今はコーナーで疲れ切った体を休ませながら、次のゴングが鳴るのを待つボクサーのようなものだろう。

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