「コロナで野球にもコンサートにも行けないし、あの子らは今、ほかにやることがないんだ!」――。
ニューヨーク・ブルックリンの街角で、「社会主義」を唱えるデモを聞きつけて、どこからともなく集まってきた住民3人は、すっかり意気投合。民主党寄りのニューヨークで肩身の狭い彼らトランプ支持者は、水を得た魚のように、ふだん話せない本音を熱弁し始めた。
私は1970年代にニューヨークを初めて訪れ、80年代から住み始めた。この街が変わっていくさまを見続け、この連載で紹介している。今回は、前回「コロナが生み出す『社会主義』デモ」の続きを伝えたい。
コロナが生み出す『社会主義』デモデモを聞きつけ出てきた正統派ユダヤ教徒
2020年8月、ニューヨーク市立大学ブルックリン校の前で、学生を中心とする若者たちが、「アメリカの帝国主義を打倒し、社会主義のために闘おう!」「君たちの敵は、資本主義だ」と熱く訴えた。
「新型コロナウィルス感染による死亡率が、黒人やヒスパニック・ラテン系の間で白人の2倍に上っている」、「警察は家主に協力し、アパートから追い出そうとしている」などとし、「家賃免除」「失業手当の延長と拡大」「警察の解体」を要求している。
そして、大きな黒いバナーを掲げ、大声をあげながら、閑静な住宅地を80、90人が行進し始めた。騒ぎを聞きつけ、正統派ユダヤ教徒らしき男性が角の建物から出てきた。彼らの多くはトランプ支持者で、この辺りにも固まって住んでいる。
男性は、デモ隊の声にかき消されないように大声で、なまりのある英語で私に向かって叫んだ。
The land of the free, right? The land of the free, America! They give you everything. Look, they give you food to eat. They give you everything! To bring down the police? Is that normal?
自由の土地、そうだろ? 自由の土地、アメリカ! アメリカは何でも与える。だろ。食べ物を与える。何だって与えるじゃないか! 警察を引きずり下ろす? それがノーマルか?
「僕はどんな時もトランパー」
すると、新聞と買い物のビニール袋を手にこちらに向かって歩いてきた白人男性(エリオット・ゴードン)が、私たちの前で足を止め、「デモをやってるのは、白人の子たち(white kids)みたいじゃないか」と会話に参加してきた。
「そうだよ、白人だ。『ブラック・ライブズ・マター』だって? 私にも黒人の友人がたくさんいるが、土地も持ってるし、レクサスに乗ってるさ」と正統派ユダヤ教徒。
「あの子らは今、ほかにやることがないんだ(The kids have nothing to do.)」とエリオットが言い、「ほかに何もやることがないんだ」と2人で連呼し始めたかと思うと、いつの間にやら東洋系の女性も加わり、一緒に大声で繰り返す。
女性は中国からの移民だった。「Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)」と正面に書かれた、トランプ大統領支持を示す赤い野球帽を被っている。
「野球もバスケも試合に行けない。ビリー・ジョエルのコンサートもダメだ。市長が許可しているのは、デモだけだからな」とエリオット。
「ここから出て行け!」と東洋系女性が叫ぶと、エリオットも「ここから出て行け!」と4度、連呼した。
「トランプ大統領は最高さ。僕はどんな時もトランパー(トランプ支持者)! トランパーだよ!(I love President Trump. I'm a forever Trumper! I'm a Trumper!)」
エリオットが愉快そうに、大声で私にそう話すのを聞いて、通りかかった車のドライバーがこちらに向かって親指を立てた。どうやら赤の他人のようだ。
それを見てエリオットが声を立てて嬉しそうに笑い、「(大統領選は)僕らが勝つんだ! 僕らが勝つんだ!(We're gonna win! W're gonna win!)」と叫ぶと、東洋系女性も「We're gonna win!」と負けずに声を合わせる。
中国出身女性が「中国と闘えるのはトランプ」
天安門事件を知る彼女には、母国中国への特別な思いもあった。
「中国みたいな国と闘えるのは、トランプしかいない。私はもう、中国が大っ嫌いなんだよ」
彼女は相当、うっぷんがたまっているようだ。中国語なまりの激しい英語で、吐き捨てるように言う。
「アメリカを毛嫌いしている連中は、この国がどうなったって構わないんだ。この国が気に食わないなら、なんでここに来るのさ!」
「その通りだ(That's right!)」とエリオットが同意する。
と、今度は正統派ユダヤ教徒が口をはさむ。
「あいつらがやりたいことは、面倒なことばっかりだ。今度は郵便投票したいと言い出した」
「あれは不正が起きる。詐欺だ」とエリオット。
「それだけじゃない。膨大な数の郵便物を、どうやって処理するんだ。不可能だ。そんな人員がどこにいる?」
「確定するのに、相当時間がかかる」とエリオット。
中国系女性は、被っていたトランプ支持の赤い帽子を脱いで、私たちの目の前に突き出し、怒鳴るように激しくまくし立てた。
「民主党政権なんかになったら、オーマイガー、あんたや私みたいな共和党支持者は、何も意見できなくなるよ。ついこの前だって、マンハッタンでこれを被ってたら、ののしられて、殺されそうになったんだよ!」
「わかるよ、わかる」とエリオット。
「わかってくれて嬉しいよ! トランプ好きだって、トランプ嫌いだって、別にいいだろ。支持してるだけで暴力的な目に遭うなんて、悪(evil)だよ」
「本当にこんな状況になるなんて、思いもしなかったな」とエリオット。
「本当に貧しい人たちを心配しているなら」
そこへ彼の知り合いが車で通り、「野球の試合がないからな」と声をかけ、笑いながら去っていった。きっとデモについて、前にも同じことを言い合っていたのだろう。
どこからともなく集まってきた、3人の赤の他人。民主党寄りのニューヨークで肩身の狭い彼らトランプ支持者は、水を得た魚のように一気にしゃべりまくった。
そして、「我々の勝利さ。世論調査なんか関係ない!」「トランプ! トランプ! トランプ!」「あと4年!」とトランプ氏再選を誓い合い、別れを告げた。
エリオットはこのあと、「今の民主党への自分の思い」を語ってくれた。次回のこの連載では、それを紹介する。
3人と別れた頃には、デモ隊はすっかり姿を消していた。そのあと、デリーに入ると、食べ物を買い求める警官が4、5人いた。このデモのために、約10人の警官が駆けつけた。中で順番を待っていた40代ほどの白人女性が、同意を求めるように1人の警官に向かってつぶやいた。
「本当に貧しい人たちのことを心配しているんだったら、デモばっかりしてないで、子供たちに勉強を教えたり、地域のためにボランティアでもすりゃあいいだろ」
警官は黙って、うなずいた。
(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。