総延長4.1キロの路線を20時間、同じ区間を何度も乗り続ける――。
2020年9月7日、こんな無謀で「謎」とも思えるチャレンジに一人のツイッターユーザーが挑んだ。当初は一部の鉄道ファンの間で話題を呼んでいたが、その情熱はやがてラジオ局や企業、SNSを動かす壮大なものへと発展していった。
1周目で早くも「白旗」
山万ユーカリが丘線は千葉県佐倉市にある、山万株式会社(東京都)が開発したニュータウン・ユーカリが丘地区を走る路線。駅数は6駅で、ユーカリが丘駅を起点に環状運転を行っている。路線延長はたったの4.1キロメートルで、1周の所要時間は14分だ。
この短い路線を、始発から終電までの20時間乗り続けることにチャレンジしたのが、ひがし(らすかる)さん。「交代要員の無い完全人体実験」を掲げ、前日の6日からユーカリが丘のホテルに宿泊する気合の入りようで現地に乗り込む。そして7日朝、500円で買える一日乗車券を手に、朝4時31分の始発から「山万20時間耐久チャレンジ」を開始した。
1周目では「外がとてもくらい」「各駅5秒くらいでドアが閉まるのわらう」「噂の女子大駅である」とやや興奮気味に状況をツイッター上で報告。幸先の良いスタートを切ったかに思えたが、
「どうでもいいけど1周する前に飽きた」(4時42分)
と早くも白旗をあげてしまった。
その後は「暇なので京成に乗り換えるフリなどをしてみる」「トイレ行っておこうと思ったら開いてなかった」と乗り換え時間にいろいろな動きを試みながらも、単調な周回をこなしていく。6時代には朝の通勤ラッシュに突入し、8時頃には駅での列車行き違いで「向かい側の運転士さんさっきこっちの電車運転士してた人やん」と気づく。9時39分には「まだ5時間しか経ってないと思うと死にたくなる」とまた弱音を吐いてしまった。
9時57分には駅の待合室を訪れ「待合室めっちゃ冷房効いてて涼しい!」。ユーカリが丘線の車両に冷房はついていない。残暑厳しい中での挑戦に「もう待合室が走れ」とヤケになるほどだった。
「我々は疑問に思っている。なぜそこに至ったのか」
23周目、単調なチャレンジに変化が訪れる。「友人から非常食をいただきました!!」(11時21分)と幼児向けビスケットの差し入れがあったのだ。この後も「チャリティTシャツ」「栄養食」といった差し入れをもらうなど、チャレンジ達成へ向けて強力なサポートを得る。
そして12時20分頃、衝撃の事実を知る。千葉のラジオ局「bayfm」の生放送番組「YAMAMAN presents MUSIC SALAD FROM U-kari STUDIO」で、リスナーから「ツイッターで『山万20時間耐久』って、何周もしている人がいて面白い」というお便りが寄せられたのだ。番組は、奇しくも山万株式会社がスポンサーを務め、ユーカリが丘にあるスタジオで生放送をおこなっていた。
番組パーソナリティーの能登有沙さんもこの情報をキャッチしていたようで、「私がしゃべっているスタジオの後ろに走っている線があって、このこあら号(車両の愛称)くんに乗り続けている猛者がいるらしい。我々は疑問に思っている。なぜそこに至ったのか。ぜひ教えていただきたいと思います」と興奮気味に話した。
これを知ったひがし(らすかる)さんは「!?!?」と驚きつつも「bayfmさんが生きる力と勇気をくれたんだ」(12時34分)と、前向きな気持ちになったことを明かした
山は立て続けに動く。13時42分には山万の副社長からスポーツドリンクの差し入れがあったことを報告。山万の社員からは「非冷房ですので体調には十分ご留意ください」と言葉をもらったという。その後も駆け付けたフォロワーなどから多くの差し入れをもらい、38周目(16時23分)には鞄の中の飲み物が5リットルに達したことを伝えた。
SNS上でも話題、「応援ソング」作る人も
はじめはフォロワーや一部の鉄道ファンの間で細々と盛り上がっていたチャレンジだったが、地元ラジオ局や企業を動かした男の情熱には、一般のSNSユーザーも反応。Yahoo!JAPANのトレンドランキングでは17時頃に「山万」が上位に入った。ツイッター上では、
「空調あってもきついのにすごいな・・・頑張ってほしい」
「自宅から応援してます!」
とハッシュタグ「山万20時間耐久」をつけた応援の声が徐々に増えていった。
山万の公式ツイッターアカウント「ユーカリが丘のココ&ララ」もハッシュタグ「山万20時間耐久」をつけて15時43分のツイートから挑戦を見守っていたが、18時頃になると「(社内がザワつきはじめた......)」と空気の変化を伝える。
そして20時15分、51周目を終えてユーカリが丘駅に着いたひがし(らすかる)さんは「あの、あの、あの、」と興奮気味に報告。目の前には、ユーカリが丘のマスコットキャラクター「ココ」と「ララ」が待っていた。
「『らすかるさん!どうぞ!』って言われてマスコットが駆け寄ってきて社員さんが差し入れを手渡ししてくださいました こんな者のために恐縮です、どうお礼したらよいかわかりませんし不動産は買えないので何かお礼考えます...」
その後も挑戦者への声援はやまず、「応援ソング」を作ってアップロードする人も登場。22時台には日本のツイッタートレンドに「ユーカリが丘」が入った。開始直後は「1周する前に飽きた」「死にたくなる」と弱音を吐いていたひがし(らすかる)さんだったが、59周目(22時59分)には「残り2時間を切って不思議と名残惜しさが少し出てきました」と語るほどになっていた。
「何かをやり遂げるって、こんなに感動する事なのね」
そして、64周目。ユーカリが丘駅を0時22分に出発した最終列車は地区センター駅、公園駅、女子大駅、中学校駅とゆっくり進む。最後の14分間を走り終えた車両は、0時36分にユーカリが丘駅へと戻ってきた。乗車時間15時間12分、開始からの経過時間20時間5分、合計乗車距離332.8キロメートルの「長旅」が終わった。
同じ路線を64回連続で乗り続けるという前代未聞の挑戦。一連の投稿を見届けていたツイッターユーザーからは、
「ゴールおめでとうございます!!!!元気貰えました、明日からもがんばれそう」
「乗ったこともない路線だが好きになってしまった。感動をありがとう」
「何かをやり遂げるって、こんなに感動する事なのね」
と賛辞の声が相次いだ。
駅のホームでは山万の社員と駆け付けたファンが待ち構え、ひがし(らすかる)さんの偉業をたたえた。挑戦者には、山万の社員からこんな表彰状が手渡された。
「あなたは、山万ユーカリが丘線に、始発から終電まで1日乗車し、SNS上で盛り上げてくださり、社員一同感謝しております。これからも楽しく安全にユーカリが丘線にのってください」
複数回の差し入れなどで、ひがし(らすかる)さんの挑戦を支えた山万。同社の広報担当者は8日、J-CASTニュースの取材に対し「一日ご乗車いただいているということなので、何かしらできないか、ということで(差し入れなどを)やらせていただいた」と語った。
「ほぼ迷惑行為のような行動を...」
J-CASTニュースは8日、「山万20時間耐久乗車」を終えたひがし(らすかる)さんに取材。今回の挑戦を振り返ってもらった。
――そもそも、なぜ今回のチャレンジを実施したのですか。
「元から山万の街づくりやユーカリが丘線そのものに興味があり、街を見てみたいと思っていましたが、せっかく街や人々の暮らしを見るなら一日中乗ってみよう!ということで単独で行うことになりました」
――挑戦中、一番辛かったことはなんですか。
「ラッシュ時の乗車です。折り返し時間が短いことからお手洗いに行くことが出来ませんが、水分を取らないと熱中症のリスクもあるので常に体調を気にしていました」
――挑戦中、一番嬉しかったことはなんですか。
「何よりも『無事に乗り通せたこと』です。様々な方にご支援いただいたり、山万株式会社の皆さまにも大変お世話になりました。何より地元の皆さまに極力ご迷惑をおかけしない(というのは自意識過剰かもしれませんが)で終わることが出来たというのが最も良かったことだと思います」
――挑戦を終えて山万さんに伝えたいことはありますか。
「ほぼ迷惑行為のような行動を黙認してくださった上に応援や歓迎をしていただけたことに心より感謝いたします。また必ずユーカリが丘に訪問させていただきます」
――応援してくれたツイッターユーザーに伝えたいことはありますか。
「一人で勝手に始めたことに注目、応援して下さりありがとうございました。自分の行動はさておき、山万という会社の素晴らしさをご覧になられたかと思いますのでぜひユーカリが丘に足を運んでいただければと思います」
――次に耐久乗車したい路線はありますか。
「今のところは特に思いつきませんが、耐久乗車に限らず何か思いついたら人知れずひっそりとやりたいと思います」
(9月10日11時06分追記)一部内容を修正しました。
20時間お疲れ様でした!
— ユーカリが丘のココ&ララ (@life_in_yukari) September 7, 2020
またぜひユーカリが丘に来てください???? pic.twitter.com/WQHNdwG5tI