この夏、社会主義を唱える2つのデモを取材したとき、それを傍観していたニューヨーカーの反応がそれぞれ正反対で、今の米国を象徴していると感じた。何回かに分けて、2つのデモについてレポートしたい。
私は1970年代にニューヨークを初めて訪れ、80年代から住み始め、この街が変わっていくさまを見続けてきた。街のあちこちを歩き回り、自分の目で見たこと、出会った人たちの声を、この連載で前回に引き続き、紹介する。
「アメリカの帝国主義を打倒しよう」
1つ目のデモは、2020年8月16日(日)午後、ニューヨーク市立大学ブルックリン校(CUNY、通称ブルックリン・カレッジ)の前の歩道で、集会とともに始まった。
雨にも関わらず、学生を中心に若者が多く参加。正面には若者たちが「Unite Our Struggles(ともに闘おう)」「All Out For Black Lives(黒人の命のために総力をあげて立ち上がろう)」と書かれた大きな黒いバナーを手に立っている。
全部で60人ほどだろうか。黒人やヒスパニックなどマイノリティもいるが、最も多いのは白人だ。傘や雨よけのポンチョ、ペットボトルの水のほか、食事をしていない人のためにはサンドイッチまで用意されていた。
「あとでみんなで一緒に、ディナーを食べましょう」という呼びかけもあるなど、「コミュニティ」を感じさせる。
参加者らは手に、「Invest in Black Futures(黒人の将来に投資せよ)」「Defund Prisons and Police(刑務所と警察を解体せよ)」「Black Youth Matter(黒人の若者の命を軽んじるな)」などのプラカードを掲げていた。
アルゼンチン出身の若者がスペイン語なまりの英語で、「高額な医療費を負担できない黒人やヒスパニックが、新型コロナウィルスで大きな被害を受けた。所得格差が不平等を生んだ」と訴え、「アメリカの帝国主義を打倒し、社会主義のために闘おう!」と叫ぶと、大きな歓声が沸き起こった。
医療費負担恐れ、貧困層に感染拡大
皆医療保険制度のない米国では、黒人やヒスパニックなどの貧困層が、コロナの症状があっても高額の医療費を恐れて受診しなかったことなどから、感染が拡大したと、たびたび報道されてきた。
このブルックリンの抗議デモは複数の団体が主催しており、そのうちの1つ「ラディカル(過激、急進的)な者たちの集会(Radical People's Assembly)」の代表として黒人の青年が、こう呼びかけた。
「ラディカルになりたければ、僕らと繋がってくれ。みんな、仲間だ。敵は、白人ではない。君たちの敵は、白人の資本主義者。資本主義なのだ。今、僕らの生活を支配しながら、僕らにとって何の益もない、この制度だ。今日はともに手を取り、決定的に敵を打ち負かす方法を見出そうではないか。大暴れしたい人もいると思うが、今日は抑えて平和的にデモ行進し、逮捕者ゼロで行こう。リスクレベルは低く、お願いしたい」
そして、「僕らの安全を守るのは、誰だ?(Who keeps us safe? )」と呼びかけると、「僕らの安全を守るのは、僕らだ(We keep us safe.)」と群衆が同じリズムで声を合わせて答え、それを何度も繰り返す。
バトカーが2台、遠くに止まって様子を伺っている。
この日の抗議デモについての告知では、「コロナ感染による死亡率が黒人とヒスパニック・ラテン系の間で、白人の2倍に上っている」、「失業率が記録的に高いにも関わらず、我々をアパートから路上に追い出し、新たな契約でより高い家賃収入を得られるように、ニューヨーク市警が家主に協力している」などと訴え、「家賃免除」「失業手当の延長と拡大」のほか、「警察の解体と武装解除」「移民税関捜査局(ICE)と国境管理の廃止」といった要求もしている。
社会主義を信奉する黒人教師
スピーカーの1人シャニクア・ピピンは黒人で、教師歴10年。今も公立校で教えている。彼女は集会のあと、次のように私に話してくれた。
「資本主義の国は、経済的な利益の追求ばかりで、市民のことなどどうでもいいんです。キューバのような社会主義国では、コロナにきちんと対応しました。経済より国民の生活や健康を優先し、社会福祉が充実している。医療も教育も無償で、米国が参考にすべき点がたくさんあります」
キューバには無料の国民皆保険があり、今回のコロナに対しても迅速に対応。感染率・死亡率ともに他国を大きく下回り、世界的にも注目を浴びた。
シャニクアはなぜ、社会主義を信奉するようになったなのか。
「私は子どもの頃、ブルックリンの低所得者向けの公営住宅(public housing)に住んでいました。予算不足で管理も不十分、ゴミの収集さえままならない状態でした。生活に最低限のものを手に入れるためにも、ひとつひとつ闘わなければならない。そんな環境では、住民同士のいざこざやトラブルも絶えない。大企業や高所得者が、もっと税金を払うべきです。この国は、あまりにも貧富の差が大きすぎる。社会主義になって、税金が高くなっても、それで誰もが平等に生活を送ることができるなら、納得できます」
デモに対するトランプ支持者の視線
集会のあと、デモ参加者らは、大きな黒いバナーを掲げ、大声をあげながら閑静な住宅街を行進し始めた。さらに人数が増え、80、90人はいるのではないかと思われる。自転車に乗ったグループがデモ隊の前を進み、交差点に入ると自転車を横にして並び、両サイドの道路をブロックし、デモ隊が通り過ぎるまで車を止め続ける。
車の長い列ができ、「邪魔だ」というようにクラクションを鳴らす車も数台ある。が、これも、警察は遠くから眺めているだけで、手を出さない。
デモ隊の騒ぎを聞きつけたのだろう。角にある宗教関連っぽい建物から男性が出てきた。お椀を逆さにしたような形の黒い「ヤムルカ」を頭に被り、白いシャツに黒い長スボン姿。おそらく、正統派ユダヤ教徒だろう。彼らの中には、トランプ支持者が多い。この辺りでは、彼のような正統派ユダヤ教徒をよく見かける。
「何だ、あれは?」と男性が私に聞く。
「この国が資本主義ではなく、社会主義になるべきだと訴えているんですよ」と私が答える。
角を反対側に曲がって行進し続けるデモ隊にちらりと目をやると、なまりのある英語で私に向かって大声で叫んだ。
The land of the free, right? The land of the free, America! The land of the free. They give you everything. Look, they give you food to eat. They give you everything! Is it normal? To bring down the police? Is that normal?
自由の土地、そうだろ? 自由の土地、アメリカ! 自由の土地。アメリカは何でも与える。だろ。食べ物を与える。何だって与えるじゃないか! ノーマルか、警察を引きずり下ろすなんて? それがノーマルか?
と、別の男性が新聞と買い物のビニール袋を手に通りかかり、私たちの前で足を止めた。
そして次の瞬間、「Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)」と書かれた赤い野球帽を被った、東洋系の女性がどこからともなく興奮気味に現れ、私たちの輪に加わった。
3人の赤の他人は、すっかり意気投合。水を得た魚のように、延々と熱弁を奮い始めたのだ。極端に民主党寄りのニューヨークで、トランプ支持者は肩身の狭い思いをしている。彼らがふだん話せない本音を、次の回で伝えたい――(次回に続く)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。