テロのグローバル化
こうして21世紀は、まず「テロのグローバル化」によって幕を開けた。アルカイダによるテロ攻撃はそれまでにもあったが、米国の認識は、「厄介な脅威だが、被害はローカル、あるいはリージョナルなものに留まる」というもので、米本土の中枢を直接攻撃するだけの意思も能力もない、とみるのが一般的だった。
アルカイダは98年にタンザニアとケニアの米大使館を爆破し、99年にはイエメン沖で米艦コールを襲撃する事件を起こした。国連安保理はそのつど、テロを非難し、犯人の司法機関への引き渡しを求めたが、アルカイダを「客人」と見なすタリバンはそれを拒んできた。
その頃から米国も、ようやくアフガンの潜在的脅威に気づき、国連が仲介してタリバンと接触し、テロリストの訓練所とみられる施設の閉鎖を要請するとともに、ムジャヒディン各派との和平に動くよう要請するようになる。それがブラヒミ氏の起用につながり、川端氏も、そのもとで、各派の宗教指導者同士を会わせて和平の糸口を探る作業を進めてきた。だが、米政権の関心は場当たり的で、しかも情報も不十分だった。
のちに首相となる小渕恵三氏が外相に就任した1997年、国連特使になったブラヒミ氏がワシントンに行って米側と情報交換することになった。タリバンについて、米政府が知っている「機密情報」をブリーフィングするという。
川端さんはブラヒミ氏と一緒に、国務省の窓のない部屋に通され、CIAや米国防総省の制服組から30分の説明を受けた。
驚いたのは、その情報量の少なさと質の低さだった。おそらくは、米側が軍事支援をしているパキスタンの軍統合情報部からの情報に頼っているのだろう。インテリジェンス機関はないが、人道支援を通して日常的に現地の情報を集めている国連にとって、あまりにタリバン側に偏った一面的で、皮相な情報が多かった。
川端氏がそう指摘しようとすると、横にいたブラヒミ氏が川端氏の肩に手を当て、発言を制した。国連としては、米政権を敵に回すわけにはいかない。彼らの情報不足を指摘しても、敵愾心を買うだけだ。国際外交の場で鍛え抜かれたブラヒミ氏は、そう諫めたのだろう。もっとも、ブラヒミ氏自身も国務省での説明の後で、「アメリカ政府が国連にタリバン情報を隠していることを願う」とため息交じりにつぶやいた。