第2次世界大戦の「終戦の日」といえば日本では8月15日だが、海外では別の「終戦の日」がある。1945年9月2日に日本は降伏文書に調印し、第2次世界大戦が正式に終結した。この9月2日前後を対日戦勝記念日と定めている国もあるが、特に中国とロシアでは「9月3日」を改めて終戦の日に定め、顕彰する動きが生じている。
大戦勝利70周年の記念日に
1945年8月14日に日本は御前会議でポツダム宣言受諾を決定し、これを連合国に通知する。8月15日に昭和天皇の玉音放送で日本国民に戦争の終結と戦闘停止を布告する。ただし、8月9日に対日宣戦布告したソ連との戦闘は15日以降も続き、9月4日頃まで戦闘は続いた。
9月2日に東京湾で米戦艦「ミズーリ」艦上で日本の降伏文書調印式が行われ、日本は正式に無条件降伏した。アメリカではこの9月2日をVJデー(対日戦勝記念日)としている。
中国の対日戦勝記念日は9月3日で、当時の中華民国が国共内戦に敗れて台湾に逃れた後も、台湾では9月3日を「軍人節」として記念日にしている。
現在中国を統治する中国共産党は、終戦当時は中華民国の中の独立勢力であった。国共内戦を経て共産党が中国を統一した1949年、抗戦勝利記念日は8月15日と制定されたが、これは1951年に9月3日に改められた。
中国は大戦終結から70年を前に、2014年に9月3日を「中国人民抗日戦争勝利記念日」に制定、翌15年9月3日は「中国人民抗日戦争ならびに世界反ファシズム戦争勝利70周年記念日」とされ、この日付で初めて軍事パレードが挙行された。国慶節(10月1日)以外での軍事パレードは異例で、同年ロシアが5月9日にモスクワで行った対独戦勝70周年記念のパレードに足並みを合わせた形だ。75周年の20年9月3日は習近平主席ら党幹部が北京・盧溝橋の中国人民抗日戦争記念館で献花する予定である。
ロシアは9月2日→3日へ回帰
ソ連・ロシアの対日戦勝記念日は終戦以後9月3日だったが、2010年にロシア政府は9月2日を「第2次世界大戦終結の日」と定める法改正を行った。ところが20年4月に、ロシア政府はこの「第2次世界大戦終結の日」を9月3日に変更する改正法案を可決した。9月3日への回帰は退役軍人や対日強硬派の意向が働いたとみられる。ソ連時代の伝統や北方領土問題での日本への牽制を意識しているようだ。他方で、第2次大戦終結の日をクローズアップすることで、04年9月1~3日に発生し人質の生徒ら300人以上が死亡したベスラン学校占拠事件の風化を図っていると見る向きもある。
ロシアと中国の意図はそれぞれ異なるが、大戦の記憶が遠ざかる中で対日戦の勝利を政治利用する思惑が、「9月2日」と「9月3日」の扱いに影響している。