岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
黒人男性銃撃、党派超えて共感呼んだ「母親の願い」

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「私たちに必要なのは、祈りだけです」

   警官に撃たれたブレイクさんの父親ジェイコブ・ブレイク・シニアさんは記者会見で、「これは、息子に対する殺人未遂です。(警官は)7回も撃ったんです。7回も。息子なんて何の価値もないかのように。息子は人間なんです」と声を詰まらせ、訴えた。

   そのあと、母親のジャクソンさんが涙をこらえ、呼びかけた。

「私たちに必要なのは、祈りだけです。車でここまで来る途中、街が破壊されているのを目にしました。あれは、息子や私たち家族の思いとは、まったく違います」
「私たちには癒しが必要です。この事件が起きる前から、私はこの国の癒しのためにずっと祈り続けてきました。神は私たちひとりひとりをこの国に委ねたのです。それは神がそう望んだからです。私が美しい褐色の肌をしていると、皆さんにはっきりわかりますが、自分の手を見てください。どんな色であっても、同じように美しいのです」
「神は1種類だけの木や花、魚、馬、草、岩を創ることはしませんでした。見た目が自分と同じ人間だけを創れなどと頼むことが、よくもできたものですね。人に優劣などつけられないのです。優れているのは、神だけです。どうか、この国の癒しのために祈ってください。
   私たちはユナイテッド・ステイツ(United States)です。ユナイテッドして(ひとつになって)いるのでしょうか。私たちが倒れたら、何が起きるかわかっていますか。抵抗し合っている家は、立ってはいられないのです。私はすべての警官と家族のために祈っています。すべての米国市民のために祈っています」
「心と愛と知性をもって、ともに手を取り合いましょう。そして世界の他の国に示しましょう。人間同士がどのように振る舞うべきかを。私たちが偉大に行動して初めて、米国は偉大になるのです」

   ジャクソンさんは涙をこらえ、深く息を吐いたあと、こうも言っている。

「私は共和党側でも民主党側でもないのです。実際に起きていることを政治的な問題にしてしまっては、何も変わりません。怒りを抱くことはいいのです。でも、いつも互いに拳を振りかざして相手を叩き、怒りをコントロールせずにいたら、間違った方向に進んでしまうのです」

   ジャクソンさんの一連の発言は、「母親として苦しみと悲しみの最中にいるはずなのに、なんと強く勇気があり、慈悲深い人なのか」と党派を超えて称賛と共感を呼んでいる。

   ジャクソンさんの言葉に感銘を受けたスージーは、亡くなった夫がミルウォーキー市警の警官だった。次回のこの連載では、スージーがジョージ・フロイドさんとジェイコブ・ブレイクさんについて、涙ながらに語った言葉を伝えたい。

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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