閉鎖集団で不安な噂が流れると...
同時にこのことは、社会の中に無常観やデカダンスの風潮を生んだのも事実であった。あるいは「死」に対する逃避が生まれたといってもいいように思う。関東大震災から数年を経ずして生まれたモボ(モダンボーイ)やモガ(モダンガール)という都市の退嬰現象などはその一例である。1930~31年(昭和5、6年)ごろから爆発的な現象であった自殺ブームなども、こうした例に数えて間違いはないであろう。この「生あるものは必ず滅びる」といった心理上の受け止め方は、関東大震災の残した傷跡といっていいのではないか、と私には思えるのである。
(2)はこの震災時に中国人、朝鮮人、そして日本の社会主義者や無政府主義者が、一般国民が組織する自警団によって惨殺されている。あるいは軍人たちによっても殺害されている。例えば、朝鮮人が井戸に毒を投げたとか、不穏な動きをしている、さらには社会主義者が暴動を企んでいるといったルーマー(噂)が意図的に流された。これには警察などが流した噂もあったというのである。こうした虐殺事件は、日本社会のヒステリー状態が生み出したと言われているのだが、それにしてもその規模といい、犠牲者の数と言い、事件の広がりは異常という以外になかった。そのために。こうした虐殺を起こすのは日本人の宿痾ではないとの意見さえ起こった。海外のメディアも極めて大きく扱ったというから、日本としては公式に正確なコメントを出す必要があった。
しかしつまりは、こうした事件は自然に収まるのを待つという姿勢だったから、この問題は曖昧な形で語り伝えられることになった。日本としては海外のメディアなどに正式に正確な方向を伝えるべきであった。この問題が解決したのは、私の見るところ、2011(平成23)年3月の東日本大震災であった。ほぼ90年近くを経てのことであった。この大震災は関東大震災に匹敵する内容であった。しかし関東大震災時のような虐殺事件などはなかった。いわばかつてのような不祥事件は全くなかったのである。これは何を意味していたのか。
人は閉鎖集団の中にいると、不安なルーマーが流れてくると異様な行動に走るのである。