外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(19)アベノミクスの今と、資本主義の行方

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「3本目の矢」が成果をあげられなかったのは

   アベノミクスで「3本目の矢」とされた「成長戦略」は、企業の競争力を強化し、民間投資を喚起するという施策で、健康、エネルギー、次世代インフラ、農林水産業に重点が置かれた。しかし原発輸出、インフラ輸出など、経産省が旗を振ってきた成長戦略の柱は、ほとんど目ぼしい成果を収めていない。

「私もかつての通産省に3年いたが、後発国の優位性が残る60年代までは、『国策』としての産業政策にも意味があったかもしれない。かつて大蔵省が『官庁の中の官庁』として君臨していた時代には、抵抗勢力として通産省の存在意味もあった。しかし財務省が財政の手綱を引き締められなくなってから、その独走ぶりが目立つ。国策会社のジャパンディスプレイの失敗などを見ると、もう『国策』に右へ倣え、という旧来型の路線は終わりを迎えていると思わざるをえない」

   高橋さんが危惧するのは、安倍政権の経済政策決定の過程で、自らの政策に都合のいい専門家で身内を固める傾向があることだという。

「これは構造改革に批判する人すべてを『抵抗勢力』と位置づけた小泉政権から続く姿勢だろう。私は、NHKの『日曜討論』で、『骨太の方針』を決める経済財政諮問会議にも、正式の議員として労働組合の代表を入れてはどうか』と提言したが、当時の甘利経済再生相からは『経済財政諮問会議は政府の経済政策を審議する場だ。労働組合の代表には必要なときに話を聞けばいい』と一蹴された。日銀の金融政策審議委員会のメンバーも、安倍政権になってからは、ほぼ全員リフレ派で固められ、異論は出にくい。これではアベノミクスがTINAになってしまう」

   「TINA」とは2015年4月、安倍首相が米国の上下両院合同会議の演説にあたり、構造改革の重要性について触れる際に使った言葉だ。「There is no alternative」の頭文字を取った略語で、もともとは英国のサッチャー首相が議会演説で多用した、とされる。「ほかに選択肢はない」という意味で、「この道しかない」とも訳される。強い決断を示す言葉だが、独善に陥る危うさと紙一重でもある。

「経済政策は、つねにもう一つの選択肢を持ちながら、結果を見て修正し、改善していかねばならない。他の選択肢について聞かない、聞く耳を持たないというのなら、現在の政策が間違っていても、その誤りを認めないという独善につながるのではないか」

   高橋さんは、そう警告する。

   アベノミクスの7年余、株価は上がり、円安になって輸出企業の収益は向上した。新卒の就職希望者の内定率も上がり、「自分の生活は向上しないまでも、世の中全体の雰囲気は明るくなっている」という意味では、見た目の景気は良かったのかもしれない。

   だがコロナ禍で人や社会の動きは止まり、インバウンド消費をはじめ、飲食業、宿泊業、娯楽産業、観光業の需要は「蒸発」した。

   テレワークへの切り替えやITのさらなる導入など、新しい需要に目をやれば、新しい市場を開拓する可能性はあるかもしれない。だが、そうした動きから取り残される地域や企業、また、ついていけない人をどうするかが、これからの経済学の課題ではないか、と高橋さんは言う。

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