日銀「異次元緩和」の実態
日銀の黒田東彦総裁は、異次元の「量的・質的金融緩和」によってマネーサプライを増やし、物価をあげることを目指した。そのために大規模な国債買い入れ、マイナス金利、長期金利操作など、さまざまな緩和策を打ち出してきた。
高橋さんの見方によれば、黒田総裁は、「貨幣量さえ増やせば物価は必ず上がる」という極端な「リフレ派」ではなかった。就任時の挨拶でも、デフレの原因は多様であり「あらゆる要素が物価上昇率に影響している」と述べ、「リフレ派」とは一線を画していた。
ただ、物価安定の責任論に話題が及ぶと一転して「どこの国でも中央銀行にある」と主張し、「できることは何でもやるというスタンスで、2%の物価安定の目標に向かって最大限の努力をすること」が日銀の使命だと言い切った。
これに対し東大名誉教授の吉川洋氏は、2017年に、「4年以上マネーサプライを増やし続けても2%の物価上昇を達成できない『実績』を見れば、リフレ派の理論は『否定』されたも同然だ」と指摘した。
実際、黒田総裁が当初掲げた「2年程度でインフレ目標2%達成」という目標の達成時期は7回も先送りされ、2018年2月に発表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」では、「2%インフレ目標」の達成時期の文言すら削除されるに至った。
ではなぜ、日銀の展望通りに物価が上昇しなかったのか。それは日銀が説くように人々のデフレ願望が根強かったからではない、と高橋さんは言う。
「吉川氏が指摘するように、リフレ派の物価理論は間違っていた。日銀が目標に掲げる物価指数とは、現実に存在し観察できる物価ではない。個々の財やサービスの価格を加重平均して計算される統計データだ」
それでは物価指数の基になる個々の財やサービスの価格はどのように決まるのだろう。
「吉川氏によれば、大多数の価格は生産費用をベースに生産者が決め、その価格を消費者が『公正』と認めれば、現実に価格は変動し物価指数も変わる」
つまり、鍵を握るのは賃金をはじめとする生産費用であり貨幣量ではない。日銀が貨幣量を増やしたからといって価格を上げる生産者はいないし、そう言われて値上げを受け入れる消費者もいない。
「生産者が価格に転嫁せざるを得ないほどに、また、消費者が値上げを認めても良いと思うほどに、賃金や原材料価格が上がらなければ、個々の物価も、その加重平均である物価指数も上昇しない」
笛吹けど踊らず。日銀の思惑が外れた理由について、高橋さんは吉川さんの説を引きながら、そう説明する。