国の観光支援策「Go Toトラベル」の「東京除外」は、思わぬところに余波を生み出している。東京都民の旅行需要が抑制されただけでなく、"東京観光のシンボル"と言えるあのバス会社や、都心から1000キロ離れた離島でも、異変が起きている。
東京都大田区、首都高1号線の平和島出入口のそばにある巨大な駐車場。2020年8月25日午前、黄色く塗装された100台超のバスが、エンジンが止まったまま隙間なくひしめいている。
「Go To」想定したもくろみが... 「一番の稼ぎ時に踏んだり蹴ったり」
バスツアーの最大手「はとバス」の本社にある駐車場だ。この8月、創立72周年を迎えた、東京観光のシンボルと自他ともに認める存在だ。
看板の東京観光コースは年間90万人が利用していたが、コロナ禍で観光需要が蒸発し、4月8日の緊急事態宣言直後から観光バス事業がほぼ止まった。宣言が解除され、6月13日に観光ツアーを再開した後の6月29日、新たに浅草や六本木ヒルズ、築地の寿司店などをはとバスでめぐる計26件のツアーを7月下旬から募集することを発表した。
「7月23日からの4連休の頃には『Go Toトラベル』が始まり、地方から東京観光に来る人たちの需要が高まるだろうと期待していたのです。一番の稼ぎ時であるお盆の時期、そして秋の行楽シーズンにつなげようと...。それが『東京除外』。1人も乗っていただけない日が続き、8月8日からは運行を取りやめました」(石川祐成広報室長)
「Go To」の東京除外やコロナの「第2波」の影響を受け、7月の売上高は前年同期の2%ほどの1100万円。8月のお盆の10日間の利用者は前年のお盆の3%、約1400人に過ぎなかった。
今も1日3台は都内を走っているが、大半のバスは本社の駐車場に待機したまま。観光バス事業に従事していた運転手やバスガイド計300人の大半は休業させている。毎年古いバスを売って新車を買うが、経費削減のため20年は新車を買わずに18台を売却する。加えてもう3台のナンバープレートを外し、かかる保険料などを削減する。石川さんは苦笑いするしかない。
「コロナと『東京除外』で本当に踏んだり蹴ったりです。それでもうちは不動産賃貸などバス以外の事業もあるからまだいいです。観光バスしかやっていない会社も都内には多くあり、もっと苦しいと思います」
島しょ部は複雑...「来てほしいけど」「遠慮してほしい」
「東洋のガラパゴス」と呼ばれ、毎夏多くの観光客を魅了する小笠原諸島(東京都小笠原村)。都心から約1000キロも離れているが、「東京除外」で島への旅も割引の対象外となった。
本土から唯一の交通手段である父島行きの船「おがさわら丸」。運営する「小笠原海運」は、この夏も海水浴やシュノーケリングを楽しむ観光客を見込み、3日に1便を運行する予定だったが、新型コロナの「第2波」と「Go To」の東京除外を受け、週1便に減便した。船内の「ソーシャルディスタンス」を保つため、席数も制限している。小笠原海運の担当者は「トップシーズンなのに、収支的には厳しいです」と話す。
小笠原村観光協会の小林広治さんが島の状況を説明する。
「小笠原はリピーターが多く、宿泊施設には夏休みに多くの予約が入っていました。『コロナで海外旅行ができないから、海が美しい小笠原に行こう』という方もいたようです。が、『Go To』の東京除外が発表された頃からキャンセルが相次いだそうです。大変残念です」
観光が主要産業の小笠原諸島や伊豆諸島などの島しょ部はいずれも「東京都」のため、新型コロナウイルスの感染者は御蔵島で1人出ただけにもかかわらず、「Go To」の対象から除外された。
このため、島しょ部や東京の西多摩地域の町村を中心に構成する「東京都町村会」は、「Go To」の対象に都内発着の旅行も加えることを求める要望書を8月17日に西村康稔・経済再生相に手渡した。島しょ部などの観光産業は厳しい状況にあり、「観光産業従事者などの生活が新型コロナウイルス感染症発生前の水準に戻ることは不可能だ」と要望書では指摘している。
ただ悩ましいのは、小笠原村に診療所が1つしかないように、島しょ部の医療体制は脆弱だ。離島で新型コロナの感染者が出た場合の対応は難しく、伊豆諸島ではヘリコプター、小笠原諸島では自衛隊の航空機で患者を本土に搬送する必要がある。
しかも各島は高齢者が多く、感染によって重症化のリスクもある。旅館の中には、感染を恐れて東京など大都市部の宿泊予約を受け付けていないところもあるという。ある島の民宿の経営者は取材にこう明かした。
「小さな島ではみなお互いの顔が見える、近い間柄です。うちの宿で(コロナの)感染者が出れば、すぐ情報が広まり、暮らしづらくなるのは間違いない。『Go To』除外は私たちの生活にとって厳しいのは事実ですが、(観光客に)来てほしいようで遠慮してほしいような、ジレンマを抱えています」
あえて「都民割」打ち出すホテルや観光施設 成功例も
公明党の山口那津男代表(参院東京都選挙区選出)も8月25日の記者会見で、東京除外の解除を政府に求めた。「感染状況をよく見極めながら東京が『除外』から『対象』になることも柔軟に考えていいのではないか」と訴えるとともに、東京除外の解除により「苦境に立つ観光業に対する応援の役割を果たすことになる」と述べた。
一方、都心部のホテルや観光施設の中には、「Go Toトラベル」から弾かれた形の東京都民向けの「お得」な料金プランを売り出し、集客を試みるところもある。
「アパホテル」は東京都民または在勤者を対象に、8月中の宿泊が35%割引となるクーポンを発行。反響が大きく、予定の上限を超えたため発行を終了したが、8月からは「負けるな!キャンペーン」を始め、都内のアパホテルでシングル1泊3500円(税込)の特別価格で販売することにした。都内の小旅行やテレワークなどに活用され、盛況だという。
都内に10のホテルを展開する「プリンスホテル」も、都民限定の「東京都民応援キャンペーン」を実施している。あえて「東京除外」が終わるまでの限定で、都内のプリンスホテルに泊まるともれなく5000円分の館内施設利用券を配布するほか、直営レストランやバーなどの利用料金が20%引きとなる。
東京スカイツリーは8月7~23日、展望台入場料が半額になる「東京都民50%OFF夏割キャンペーン」を実施。来場者の8割がキャンペーンを使って入場したという。
「都民なら『いつでも行けるだろう』と、(スカイツリーに)いらしたことがない方が意外といるので、『Go To』から除外されたこの機会にあえて来ていただこうと企画しました」(広報担当者)