「コロナ後」の二つの大きな変化
長く労働行政に携わってきた村木さんは、日本における「働き方改革」がいかに難しいかを実感してきた。時代の変化に即した新しい「働き方」を提案しても、すぐに導入する企業は少なく、雇用環境は改善しなかった。
「同質性を好み、変化を拒む国民性とでもいうのか、社会の『慣性』が強く働き、なかなか変えられない。でも、今のようなコロナ禍のもとでは、好むと好まざるとにかかわらず、リモートワークや役割分担をせざるをえない。そうすると、社会の『慣性』が、ぐっと前に動き、一挙に変わる可能性があります」
営業は「対面が原則」というのが口癖だった上司が、やむをえずZOOMを使って「結構使える」と思ったり、全国から一堂に会して開いていた会議がオンラインに移行し、時間も費用も省けることに気づいたり、身の回りでも、そうした変化を前向きに受け止める声を聞く機会が増えた、と村木さんはいう。
こうして実際に使ってみて、多くの人が前向きに受け止める手法は、コロナ危機が去っても習慣として定着し、不可逆的な変化をもたらすだろうと村木さんはいう。そうした変化の先に予想される社会は、どんなものだろうか。村木さんは、大きく分けて二つあるという。
「ひとつは、企業や組織への帰属意識が弱まるということです。同じ職場に机を並べ、毎日顔を合わせることがなくなると、どうしても、そうなる。その結果、副業や兼業をしたり、いくつもの企業・組織に属したり、企業と契約して個人で働く契約労働(コントラクトワーカー、フリーランス)が増えていく。これまではIT産業やデザインでもこうした働き方がみられましたが、今後は企画や総務、営業など幅広い分野でそうした傾向が強まる可能性がある」
もうひとつは、これまで専業主婦や、共稼ぎであっても女性が担うことが多かった育児や介護、プライベートな活動、社会的活動が、多くの人にとって労働と両立可能なものになり、その両立が、当たり前になっていくという可能性だ。
二〇世紀後半には、男性の多くが長距離通勤、長時間労働で疲れ切り、退社後も同僚や部下と飲みに行くという「会社人生」が当たり前の時代が長く続いた。会社にどっぷり浸かっていることが、家計を支えるためには必要だと自分に言い聞かせ、家庭や地域の仕事を他人任せにしても平気だった。非正規労働が増え、共稼ぎの過程が増えた世紀末から、さすがにそうした価値観は揺らいだが、「男性優位社会」の岩盤はまだ動いていなかった。
村木さんの指摘は、もし私たちがそう望めば、「アフター・コロナ」の時代において、新たな「共生社会」を目指す環境が整う、という可能性を示していると感じた。
ここで村木さんは、ここ10数年顕著になってきた「非正規雇用」の増加について。今後考えるべきテーマを指摘した。
非正規雇用は、就職氷河期世代や女性の問題だったり、社会保障や親の高齢化の問題だったり、論点は多岐にわたる。これまで、非正規雇用増加への対応策として、大きく分けて二つのやり方があった、と村木さんはいう。「主流は、正社員化を進める方策だった。政策でいうと例えば労働契約法で有期社員の無期転換ルールが定められた。もう一つは非正規雇用を認容した上で、改善を進めるという方策だった。一連の労働者派遣法の改正やパートの社会保険適用拡大などがこれにあたる」と村木さんは振り返る。
従来は政府もマスコミも社会全体も、前者の考えが中心だった。正社員=良い働き方、非正規=改めるべき働き方、という考え方だ。
「しかし、働き方の多様化が進むと、非正規にフリーランスなども含めたさまざまな形態の労働の必要性や価値を認めた上で、全体としてどう調和させていくかが、中心的な課題になる」と村木さんはいう。
その際に大事なことは、経済活動や契約の自由とバランスを取った上で働く人をどのように守っていくか、従来は企業が担ってきたキャリアや職業能力の向上の支援を、社会としてどう進めていくか、という二つが急務の課題になるという。どちらも難問で、政府内でも何度も議論されましたが、抜本的な解決策は出ていない。
「コロナショックを機に働き方の多様化が一気に進むと、待ったなしのテーマになる」村木さんは指摘する。
働き方が変わる。社会の変化には、さらにその先がある。「地方創生」の可能性だ。