「8月ジャーナリズム」のマンネリ、どう拭う? バズフィードやハフポストの「シェアされる」平和報道

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   戦後75年にあたる2020年8月、ニュースメディアは各社とも戦争に関するさまざまな報道を展開した。戦争の体験を語れる人が極めて少なくなる中、各社は「戦争を知らない世代に記憶をつなぐ」という問題意識から、20年も戦争経験者に取材したり当時の文献や写真を発掘したりして記事を届けようと試みた。これらの記事が、若い世代にとって情報収集の大切なツールであるSNSでどう広がったのか。その一端を調べてみた。

   8月は広島・長崎の「原爆の日」や「終戦の日」があり、第2次世界大戦に関する報道が特に集中する。新聞社やテレビ局は毎年、多くの記者やディレクターらを関連報道に従事させ、紙面や放送枠を割いて多くのニュースを展開する。

  • 毎年8月に集中する「平和」報道。2020年はSNS上でどう広がったのか(写真は広島・原爆ドーム)
    毎年8月に集中する「平和」報道。2020年はSNS上でどう広がったのか(写真は広島・原爆ドーム)
  • Twitterで最も多くシェアされた第2次世界大戦に関する記事
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  • Facebookで最も多くシェアされた第2次世界大戦に関する記事
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「どうすればネットで届けられるのか、みな悩んでいる」

   戦争の惨禍を伝え、平和の大切さを再認識するという意味合いから、メディアの中には「平和」報道と呼ぶところもあるが、一方でその集中ぶりもあって「8月ジャーナリズム」とも揶揄される。読者・視聴者が毎年この時期に戦争と平和について考える機会を得られる一方、毎年似たような報道があふれる「マンネリ感」があるのも否めない。さらに、若い世代を中心に多くの人が新聞やテレビではなくネットでニュースに接している時代ならではの悩みもあるという。ある全国紙のデスクはこう打ち明ける。

「平和報道は大切だけど、特にネットでは読まれない、見られないことは認識しています。それでもどうすれば記事をネットに最適化させ、届けられるか、現場でみな悩んでいます」

   そこでJ-CASTニュースは、ネットでの広がり方を調べるため、SNS分析ツール「ソーシャルインサイト」を使い、各社から配信された記事を分析。8月1日から17日までにネットに配信された、「大戦」「終戦」「原爆」「太平洋戦争」の文字列を含む約1700本の記事について傾向を調べた。

   これらの文字列を含むものの、スポーツや芸能など明らかに他ジャンルの記事や「まとめ記事」、PR記事などは除いた。同じ内容で複数のネットメディアで配信された記事や異なる見出し・URLが付いた記事は約1700本に含まれる。

約1700本の「戦争と平和」報道記事の配信日(上段)。下段は戦争に関するテレビ番組・企画の放送日(ソーシャルインサイトから)
約1700本の「戦争と平和」報道記事の配信日(上段)。下段は戦争に関するテレビ番組・企画の放送日(ソーシャルインサイトから)

   このうち400本近くが「終戦の日」の15日に配信され、約370本が8月6日の「広島原爆の日」、約220本が8月9日の「長崎原爆の日」に配信された。全体の6割がこの3日に集中的に配信されていたわけだ。

   このうち、ツイッターかフェイスブックでシェアされたのは約800本。残り900本以上は残念ながらSNS上では広まらなかったようだ。シェアされた約800本のうち、10件以上シェアされたのは、ツイッターで約340本、フェイスブックでは約280本だった。

2020年8月に配信された約1700本の「戦争と平和」報道記事のSNSでのシェア状況
2020年8月に配信された約1700本の「戦争と平和」報道記事のSNSでのシェア状況

   シェアだけが「読まれた」「届いた」指標ではないものの、J-CASTニュースが配信した記事も多くて10~14シェア程度で、SNS上で広めてもらうのは「なかなか厳しい」と感じる。

ツイッターで上位占めたバズフィード 「拡散」の秘訣は...

   一方で、数多くシェアされた記事を見ると、ツイッターでは上位10本のうち、バズフィード・ジャパンの記事が4本を占めるなど新興ネットメディアが配信した記事が目立つ。

Twitterで最も多くシェアされた第2次世界大戦に関する記事
Twitterで最も多くシェアされた第2次世界大戦に関する記事

   NHKの「小泉環境相が靖国参拝」や毎日新聞の「首相、長崎原爆資料館訪れず」など、既存メディアが配信した記事でランクインしたものはいずれも「ストレートニュース」と呼ばれる、20年の終戦の日や長崎原爆の日に起きたニュースを淡々と伝えるタイプの記事だ。

   一方で、新興ネットメディアが配信した記事に特徴的なのは、あの時代を生きた人たちの証言をたっぷり盛り込んだスタイルのものや、意外と広く知られていない史実を深掘りしたもの。書き方や題材自体は既存メディアでも見られた記事だ。そもそも「平和」報道自体、数十年も前から既存メディアが得意としてきた取材テーマなのに、新興ネットメディアがあえてその領域に力を入れるのはなぜか。

   バズフィード・ジャパンで一連の記事のデスク役を務め、自らも執筆した貫洞欣寛記者と、上位にランクインした「『私の戦争は、あの日で終わらなかった』」戦災孤児が語る、終戦後の"地獄"」、「『おとうちゃん どうして...』子どもたちの残した原爆の詩が、いま問いかけるもの」、「長崎にあった『幻の原爆ドーム』は、なぜ撤去されてしまったのか?」を執筆した籏智広太記者に聞いてみた。

「今年は終戦から75年。ということは、当時25歳で兵士だった人も今は100歳です。彼らの体験を直接聞いて記事にする機会は、そろそろ限界に近づいています。私たちはメディアとしての社会的責任を最も大切にしていますので、戦争体験を次の世代に継承することこそが役割だろうと。それに尽きます」(貫洞記者)
「戦争に関しては意外に今でも知られていない、伝わっていない話がたくさんあります。そんなテーマに着目して書こうと意識しました。例えば戦災孤児の記事は、戦場体験ものが多い報道の中で、取り上げられることが少なく、記事配信後に「知らなかった。火垂るの墓(野坂昭如の短編小説)だけの世界かと思っていた』といった反響が若い人たちからありました」(籏智記者)
サイパンに残された戦車の残骸
サイパンに残された戦車の残骸

   ネットメディアならではの工夫や、ツイッターで「拡散」の秘訣はあるのか。

「新聞だと、どうしても紙面の制限がありますが、ネットメディアにはありません。その分、ディテールをたっぷり書き込むようにしています。例えば、戦災孤児の記事は実に8000文字もあります。籏智記者は最初に原稿を出してきた時に『長すぎませんかね』と心配そうでしたが、すっと一気に読めたので、『この分量で行こう』となりました」(貫洞記者)
「戦争報道に限らず、常にSNSで拡散されることは意識しています。SNSでユーザーに響くのはやはり当事者が発した言葉ですので、言葉をツイート文言に入れたり、興味を持たれるように謎かけっぽい文言にしたり。記事自体も、当事者たちの言葉を削らずにそのまま紹介することを心がけました。その言葉の強さが、記事を読んでくれた人に何かを与えられたのかと感じています」(籏智記者)

フェイスブック発の「会話」意識するハフポスト 既存メディアと異なる視点

   フェイスブックでも、最も多くシェアされた10本のうち6本を新興ネットメディアの記事が占めた。うち4本はハフポスト日本版の記事だ。

Facebookで最も多くシェアされた第2次世界大戦に関する記事
Facebookで最も多くシェアされた第2次世界大戦に関する記事

   ハフポスト日本版の竹下隆一郎編集長は、フェイスブックを通じた拡散を「うれしい」と話しつつも、シェアされることは意識しながら配信したと明かす。

「(既存メディアでは)戦争体験者、専門家、あるいは記者が戦争を『語り継ぐ』という前提ですが、私たちの場合は戦争体験を語ってくれた人たちとともに、フェイスブックでシェアしてくれたユーザーも結果的に『語り部』になってくれた形です。普通の人が普通の目線で『知ってる?』と話題にしてくれる記事も、実は多く広がるのです」
「私たちは『会話が生まれるコンテンツを出していこう』というコンセプトでやっています。なので戦争についても、意外と知られていない事実をわかりやすく、そして話題にしてもらえるよう奇をてらわず素直に書くことに徹しました」
「例えば、『長崎に原爆が投下された1945年8月9日は、こんな日だった。写真や記録を振り返る』の記事で、原爆の投下目標は当初、長崎ではなく小倉だった事実を書いたところ、『知らなかった』と反響がありました。すると、『もしかしたら私たちの街にも...』と会話が生まれるのです。『"きみたち日本人は腹が立たないのか" チェ・ゲバラは、広島の原爆資料館で憤った』の筆者・安藤健二記者も、『長崎に原爆』の生田綾記者も、『歴史的な出来事として本で書かれたり、かつて報じられたりした話だとしても、多くの読者は知らないという前提で、きちんと伝えたい』と書いたのです」
長崎市の平和祈念像
長崎市の平和祈念像

   では、なぜ既存メディアは同じような視点で報じないのか。朝日新聞で記者経験もある竹下氏は、8月ジャーナリズムの「マンネリ感」につながる、既存メディアの報道の現状を3つ挙げた。

「1つ目が『日付中心主義』です。『政府が~日に発表した』というように、その日起きたニュースでないと、記事にならないと考えてしまう。2つ目が『新規性主義』です。これまで報じられていない事実でないと報じる意味がないと考えてしまう。3つ目が『過去の記事の検証不足』。毎年、担当記者が代わる代わるゼロから記事を作ろうとして、過去のどのようなコンテンツがどう読まれたかを検証せずに、取材を始めてしまう。日本の人口の8割が戦争のことを体験していないのです。今の時代を生きる人が自分事と考えられる題材をわかりやすく何度も書き続けることが大切なのではないでしょうか」

既存メディアにも先駆的な試み

   既存メディアの報道の中でも、原爆を生き延びた実在の市民3人の日記を元に、3つのツイッターアカウントが連日投稿を続けるNHKの「1945ひろしまタイムライン」のように、先駆的な試みがSNSで大きな話題になった(ひろしまタイムラインの場合、個々のツイートがかなりシェアされたものの、「記事」の体裁ではなかったため、今回の分析では抽出できなかった)。

   Yahoo!ニュースも、2015年にオープンした「未来に残す 戦争の記憶」と題した特別サイトをリニューアル。NHKや地方紙が制作した、戦時中の「日常」を取材した記事を紹介したり、地方紙などと連携して空襲の被害の全体像をわかりやすく伝えるサイトを整備したりした。

   またYahoo!などのポータルサイト上やGoogleなどの検索エンジンを通じて、多くのネットユーザーに読まれた記事も、既存メディア・新興メディアを問わず多くあっただろう。また地方紙や全国紙の地方版に掲載された記事にも多くの力作があった。関心がある読者は、是非探して読んでほしい。

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