香港での反体制的な言動を取り締まる「香港国家安全維持法」(国安法)の成立・施行から1か月半。民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏や、中国に批判的な論調で知られる「蘋果日報」(アップル・デーリー)創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏が国安法違反の容疑で逮捕されるなど、香港での言論・表現の自由は早くも危機を迎えている。
こういった状況を受け、香港市民の保護を目指す超党派の「対中政策に関する国会議員連盟」(JPAC)が2020年7月29日発足。人権制裁法の議員立法や、緊急避難が必要な香港人の受け入れ(救命ボート)政策を推進する。議連で中谷元・元防衛相ともに共同代表を務める山尾志桜里衆院議員に、その狙いを聞いた。(聞き手・構成:J-CASTニュース編集部 工藤博司)
アジアの実力ある人権国家として国際社会で存在感発揮すべき
―― 山尾議員はこれまで「立憲的改憲論」といった憲法をめぐる議論で知られますが、19年末から香港をめぐる問題での活動が増えてきた印象です。そもそも、香港問題への取り組みを始めたきっかけは何ですか。デモ隊に対する警察の発砲がきっかけですか。
山尾: もちろん(14年に起きた民主化運動の)雨傘運動の時から香港の状況は関心を持って見ていましたが、やはり19年の逃亡犯条例、そこから5大要求(編注:逃亡犯条例に反対するデモ隊は(1)改正案の完全撤回(2)市民活動を「暴動」とする見解の撤回(3)デモ参加者の逮捕、起訴の中止(4)警察の暴力的制圧の責任追及と外部調査実施(5)香港政府トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の辞任と民主的選挙の実現、の5つを求めていた)。その5大要求は、私からすれば、きわめてまっとうな市民運動の主張でした。にもかかわらず、19年秋ぐらいから香港警察が圧倒的な暴力で市民運動に対する排斥活動を行っています。この一連の流れを見ていて、(1)人権の普遍性を重視する以上、他国のことであれ、内政では治癒できない国家による人権弾圧に対しては、国際社会の一員としてしっかりと指摘し是正を求めるべきであること(2)中国に対して指摘すべきは指摘することができるアジアの国はそう多くないなかで、日本が、一定の経済力と防衛力を背景にアジアの実力ある人権国家として国際社会で存在感を発揮していくことが国益に叶うこと、という2点から、日本の国会としてしっかり発信をすべきだと考えました。では何ができるかと思ったときに、私は法務委員会に所属しているので、まずは法務大臣に尋ねてみよう、というのがスタートです。特に19年秋以降は、日本のネット上でも、香港情勢について様々な情報が発信され意見交換もされている中で、日本の国会におけるそれは極めて低調でした。そのギャップを感じていたので、国会議員として公的な場で主張して政府とやり取りしようと質問に臨みました。準備のためには、様々な委員会で過去にどんな質疑があったかを検索するわけですが、香港に関する質疑はほとんどありませんでした。それにも少し衝撃を受け、先鞭をつけたいという思いで質問しました。
―― それが19年11月15日の法務委員会でした。森雅子法相がデモに対して警察が発砲したことに対する見解を問われ、
「一般論として申し上げますと、武器を持たない丸腰の市民に対して公権力が実弾を発砲するということは大変憂慮すべき事態」
と答弁しました。
山尾: 法相は「憂慮すべき」だということをおっしゃっていましたが、そこから先は「外交案件」であって「法務案件」ではない、といったスタンスなんですよね。法務大臣の答弁として残念でした。こういう問題は外交案件でもあり法務案件でもあって、外交上外相が発信できないところを、普遍的な法の番人として法相が発信する、という役割分担をうまくやってほしいという思いがありました。なかなか(法相の)森さんは、そこにまだ意識がいっていないように感じました。
自民党議員「自分もぜひ質問で取り上げたいが」...
―― このやり取りに「複数の若手の自民党議員からも共産党の議員からも共感の声」(7月29日掲載の安田峰俊氏によるインタビュー(JBpress))というのは意外です。
山尾: そうです。質問が終わった後に、共産党や自民党の議員から声をかけていただきました。特に共産党は、香港のことに対して早い段階で、名宛を明確にして、はっきりとした非難の声を上げていた政党です(編注:共産党が19年11月14日付で志位和夫委員長名で出した声明では「日本共産党は、中国指導部が、香港の抗議行動に対する弾圧を即時中止することを強く求める」とうたっている)。そういう意味では普遍的な人権国家である(ことを重視する)という点で共有できることがある、ということが良かったです。一方で自民党の複数の議員から聞いたのは、「自分もぜひ質問で取り上げたいが、ちょっと党として難しい...」といった声です。本来、香港における中国共産党からの人権侵害問題は、保守もリベラルも一緒に取り組めるテーマのはずなのに、むしろリベラルの側は、中国関係者へのためらいがあるのか口が重い。保守の方は、自民党の(二階俊博)幹事長の存在に象徴されるように「中国に対して余分な物言いをするな」というような党からのプレッシャーがあって喋れない。1周回って一緒にできるはずが、むしろぐるりと逆方向で、みんな左右から口が重いという状況になっているということを認識しました。ただ、同時にリベラルの立場からであれ、保守の立場からであれ、中国政府から香港市民の人権を守りたいという「思い」は共通している部分があることも分かりました。そうであるなら、政党から離れた、1人1人の国会議員としての意見表明を可能にする運動ができれば、左右の議員が「思い」を可視化することもできるのではないかと思い、それが署名活動から議連へとつながっていった、という感じですね。
国安法に反対する議員署名、アジアでは日本が一番多かった
―― 5月末には、国安法に反対する署名活動が行われ、与野党の多くの国会議員が署名しました。
山尾: 最初は、国会決議ができないかということで自民党議員にも相談していましたが、こういった決議は全会一致が原則で、全政党が賛同しないと難しく、少なくとも当時の与党としてはなかなかハードルが高いことが分かりました。そこで一度政党の枠を外して、各議員の意見表明としての署名を呼びかけたところ、100人以上集まりました。これはアジアでトップ、かつ欧米を含めた国際比較でもかなり高い水準だったので、元々署名を呼びかけていた国際的な運動体の方でも、「嬉しい驚き」で受け止められたようです。こういった経緯もあって、その頃同時に動いていた「対中政策に関する列国議会連盟」(IPAC)のスターティングメンバーの共同議長として日本にも参加してほしいという連絡を私の方にいただき、野党からは私が参加し、与党からは中谷さん(中谷元・元防衛相)にお願いしてスタートしたところです。
―― 7月に発足した「対中政策に関する国会議員連盟」(JPAC)の規約では、IPACと「連帯」することをうたっています。どういった活動を想定していますか。
山尾: IPACと連携する形で日本の議連を作ろうということで発足したのがJPACです。JPACはIPACの下部組織ではありませんが、連携しながら日本としての対中政策を考えていきます。実はIPACの中でも(各国内での議連が実際に立ち上がるのは)JPACが最初の動きだったので、活動を広げていく動きとしてIPACからも関心を持って見られています。日本のJPAC立ち上がりがそれぞれのIPAC加盟国における同様の動きに広がっていく契機になりそうです。
―― 日本が一番早かったというのは珍しいですね。JPACとしては、具体的にはどんな活動を考えていますか。
山尾: 珍しいですよね。IPACにはEU含めて17か国の共同議長国がありますが、日本はアジアでは唯一の共同議長国なので、アジアにもっと加盟国を広げていくために重要な役割を担わなければならないと思っています。JPACとしては、7月29日の設立総会で、喫緊の課題として(1)緊急避難が必要な香港人を受け入れるライフボート(救命ボート)政策(2)日本政府が中国政府、香港政府と結んでいる捜査共助条約・協定の問題(3)「マグニツキー法」と呼ばれる人権制裁法の日本版の議員立法、の3つについて提起しました。さらに、次の総会までには、経済安全保障、特にサプライチェーンにおけるデューデリジェンス(人権保障などのルールに適合しているか調査すること)の問題も取り上げたいと考えています。具体的には、ウイグル地区での強制労働力を用いたサプライチェーンに日本企業が関与しているという指摘もあるので、そこを何か非難するということではなくて、日本としても国際社会と連携してルールメイキングを進めていくべきだと思っています。
今ある制度を緊急避難的に、とにかく柔軟に運用を
―― 各論についてうかがいます。ライフボート政策についてですが、19年11月15日の衆院法務委員会で、高嶋智光・出入国在留管理庁次長が
「今後の、庇護を必要とする皆様に対しては、引き続き、難民認定制度を適切に運用をするなどして、真に庇護を必要とする方を確実に保護できるように検討してまいりたい」
と答弁しています。香港人が日本の総領事館に駆け込んだとして、保護されるのかよく分かりませんね。
山尾: 今の政府の答弁としては、駆け込まれた時にどう対応するかは一律には答えられない、ということになっています。あわせて、(1)香港にいる香港人の日本への入国を可能にする手段(2)日本にいる香港人の滞在を継続できる手段、の2つの対応が必要です。(1)については、19年11月の答弁の段階では新型コロナウイルスの問題はなかったのですが、今では外国人の入国がほぼできない状態です。ですが、少なくとも香港人には、運動の中でもリーダー的存在の人や中核的にサポートしてきた人、ジャーナリズムで役割を果たした人、逮捕者を法的に支援してきた人など、庇護の必要性が高い人もいるわけです。そういう方に対しては、PCR検査や抗原検査をして一定の隔離体制を取った上で入国を認めるというような対応は早くすべきです。米国などでは、こういった方々に対しては優先度の高い難民認定をする法案まで検討されています。そもそも日本は難民認定のハードルが高く、人権国家としての役割を十分に果たしてないという指摘があり、私自身も法務省といろいろなやり取りをする中で、そういった懸念を持っています。ただ、難民の定義拡大の議論をしているうちに、香港の運動家たちがどんどん逮捕されてしまっては本末転倒なので、今ある制度を柔軟に運用して喫緊のニーズに応えていくことが大事です。
―― 法改正はせずに、運用面の改善でカバーできそうですか。
山尾: 基本的には法改正というよりは運用で対応できる部分が多いと思いますね。ビザなし滞在期間の延長や留学申請条件の緩和などが考えられます。日本の出入国管理は運用面が極めて幅広い状態になっているので...。それはそれで(恣意的な運用が問題視されることもあるので)問題なしとはしませんが、今はまずは議連として政府に対して具体策を提言し実効的な救済へと結びつけることが、まず大事かと思います。
―― 先ほどの(2)の問題も重要ですね。香港に帰ると身柄拘束のリスクがある在日香港人もいます。
山尾: 今いる在日香港人の滞在期間の延長などですね。例えばこういったケースが考えられます。日本に滞在している香港人で、在留資格は間もなく消える、そういう中で留学先を探して受け入れ先も決まった。受け入れの学校さえしっかりしていれば、日本の場合はほぼ香港人に対しては留学ビザを出しているのですが、どうしてもそれ(手続期間)が1か月になる。そうするとその前に在留資格が切れて空白期間ができるので、一旦香港に帰らないといけない。でも香港に帰ったら多分もう日本には帰ってこられない可能性は極めて高い...。そういった空白部分を政府の柔軟な対応でしっかり埋めていく、といった対応なども後押しをしていきたいと思います。
―― ただ、デモに参加した人の中には、店舗や地下鉄の駅を壊したりして暴徒化した人もいます。そういった人まで受け入れてしまうと問題が出ます。
山尾: 運用面でのフィルタリングは確かに必要だと思います。一方で、そこが強すぎて受け入れるべき人を受け入れていないという状態ではいけないと思うので、そこは法務省と外務省がしっかり情報連携をして、きちんと問題なく日本で共に暮らしていける人についてはしっかりと受け入れていくことが必要です。こういうことに対する法務省と外務省の連携は多少弱い印象があります。法務省が必ずしも情報の供給源を十全に持っているとは限らないので、そこは外務省がしっかりサポートするなど、連携の体制をしっかり作ってほしいです。
香港を支援するイベントの参加者名簿が提供される可能性
―― 次は、捜査共助についてです。日本と中国、香港の間には、身柄を引き渡す条約や協定はありませんが、情報共有する取り決めがあります。
山尾: そうです。中国政府、香港政府が国安法(違反)の容疑で被疑者を特定して「この人の住まいを、電話番号を教えてくれ」、あるいは、香港支援を訴えるために開いた記者会見やイベントの参加者名簿、場合によっては参加者間のSNSのやりとりもくれ、といった捜査共助、捜査協力要請が、今後行われる可能性があります。少なくとも国安法容疑での捜査協力には応じないということを日本政府が明言してほしいと思っています。国安法容疑ではなくても、形式的には別の容疑名を掲げながら実際は国安法での捜査ということも十分にあり得るので、そういった捜査協力要請があるときには実態を検討して拒否事由にあたるかどうか、その該当性は極めて慎重に検討すると日本政府が明言することも大事です。
―― 国安法は、香港の外で行った行為や、香港人以外であっても処罰の対象になります。例えば、JPACの集会で在日香港人が背景に掲げていた「光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、時代の革命だ)」というスローガンに、香港政府は国安法違反になり得るとの見解を示しています。そう考えると、捜査共助でパスポートの番号が日本政府から香港に提供されるとすれば、集会に参加した香港人はもちろん、スローガンの写真つきで集会の署名記事を出稿した自分のような日本人記者も、香港に行くと身柄を拘束されるリスクがありそうです。
山尾: 実際国安法は普遍的管轄、要するに地球まるごと対象にしうる法律をあえて作っているわけなので、おっしゃるとおり私も、ここにいる二人とも条文を広く解釈すれば少なくとも容疑者にはなりうるという状況です。決して他人ごとではないということですね。やはりジャーナリズムが萎縮しますよね。サポートも萎縮しますよね。
―― JPACの集会に出席した在日香港人は、身元が特定されないようにマスクをしたり、パーカーのフードを深くかぶったりしていました。彼らを支援する日本人も、同様に顔を隠さないといけなくなるかもしれません。それはやはり萎縮ですよね。
山尾: こういった形で、世界各国で自由と民主のために運動を継続している香港人たちが自分のいる国、社会からまた排除される、隔離されるような効果ももたらしかねません。日本でも彼らと一緒に行動を共にしたら危ないのではないか、というような萎縮効果ですね。そういった萎縮効果に決して屈しないというような意味で、国安法成立・施行の翌日に抗議集会を開いたのはすごく大きな意味があったと思います。そこはリスクで萎縮するのではなく、おおよそ全員にリスクがあるということなので、リスクをみんなで分担して戦うのだということだと思います。
―― 香港は観光地としても魅力的な場所でしたが、なかなか厳しいですよね。
山尾: 難しくなりましたよね、本当にね。
マグニツキー法で国会が外交に関与できるようになる
―― 3番目の「マグニツキー法」は、どのような法律ですか。
山尾: オバマ政権のときに米国で審議が始まった法律です。ロシア人弁護士のセルゲイ・マグニツキー氏が、ロシアでビジネスをしていた米国人投資家のビル・ブラーダー氏とロシアの巨額横領を告発し、マグニツキー氏は逮捕されて獄中死しました。これをきっかけに、ブラーダー氏が米国でマグニツキー法の制定を唱えました。対ロシア人権法案として検討が始まりましたが、審議を経てグローバルな法案として成立しています。同様の法律はカナダや英国でも成立し、今はオーストラリアでも検討が進み、オランダを中心にEUにも拡大しています。ピンポイントに中国を対象にした法案ではないのですが、特に対中政策については、経済が成長すれば民主国家、人権国家になるのだという従来の見解を転換し、やはり自由民主主義国家が連携して中国に人権を守らせなければいけないという流れになりつつあることも相まって、マグニツキー法が民主主義国家のいわば標準装備になっているところです。アジアではそれほど広がっていませんが、日本がまずは成立させていくことが大切だと思います。
―― 成立すると、具体的に何ができるようになりますか。人権侵害に関与した人が日本に入国できなくなったり、日本に持つ資産が凍結されたりするのですか。
山尾: メニューとしては、やはり入国させない、資産を凍結するといったことが考えられます。制裁だけではなく救済も可能になるので、先ほど話題になったライフボート政策も、救済政策として当然取りうる手段ということになります。何よりも大きいのは、今、他国民の入国拒否や資産凍結を決めるのは日本政府だけであって、国会はなかなか外交への関与ができませんが、マグニツキー法でそれを変えられる、という点です。政府は外交のしがらみを抱えているので、むしろためらう政府の背中を押すような形で、国会が人権侵害が起きていると指摘することができるようになります。国会の決議があれば、政府に対してまずは調査を義務付けることができるし、調査をしたら当然それは国会、国民に公表して、当然国際社会にも公表することになる。その公表結果に基づいて制裁・救済するという枠組みです。米国ではウイグル人権法案や香港人権法案が成立しましたが、そのベースには、このグローバルなマグニツキー法があります。しかも、当初はトランプ大統領は人権制裁に積極的ではなかったように見えますが、上院下院、右派左派と全部がタッグを組んで議会が法案を可決し、大統領に署名をさせた。別に国会が政府の邪魔をするわけではなく、国会がルートを持つことによって政府の外交姿勢をサポートできる。そういった意味で、マグニツキー法は大きなツールだと思います。
―― JPACの議員立法で想定しているのは、ピンポイントに中国を対象にしたものですか。それとも、グローバルを対象にした法案ですか。
山尾: 米国同様、最初に土台としてグローバルな法律を作り、その上でピンポイントの法案を作っていくというやり方もあるでしょうし、成立したグローバルな法律をもとに、国会として「今香港で人権侵害が起きている、ウイグルで人権侵害が起きている」ということで安倍政権に調査を求め、国会としても調査をすることも可能になります。政府も立法府も調査・公開して制裁救済する、という流れです。ピンポイントの法律がなくても、グローバルな法律の中で遂行、完遂することは可能ですし、「普遍的な正義のためにやっている」という点が重要です。法案の対象を最初から一定の地域に絞ると「普遍的な正義ではなく外交ですか?」と見えてしまうので、その順番は考えるべきです。
中国製品の代わりになる技術開発は「絶対やった方が良い」
―― 議連は「対中政策に関する」と掲げていますが、最近問題視されている動画共有アプリの「TikTok(ティックトック)」や、第5世代(5G)の通信ネットワークでの中国製設備の問題です。JPACではどのように取り組みますか。
山尾: 役員レベルではそういった話も射程に入れていこうとは話題に出ています。JPACには中谷さんをはじめとして自民党の方が多く入っていますが、自民党の「ルール形成戦略議連」では中国アプリを利用制限する方向で政府に提言するなどしているようなので、効果的な役割分担を考えていけばよいと思います。華為技術(ファーウェイ)をはじめとする中国企業の問題はIPACでも話題になっています。特に5Gやポスト5G技術について、英国と日本で華為に代わる技術連携ができないかという話も出ています。さらに、経済産業省が6月末、富士通やNECといった国内メーカーに対して、5Gやポスト5Gの技術開発に700億円規模の支援を行うことを発表しています。日本政府が日本企業を支援することも十全に行うべきですし、同じ価値を共有する国の民間企業と賢い連携をして、華為のオルタナティブ(代替)として技術開発を進めることは、絶対やった方が良いですね。そういった後押しはしたいと思います。
―― 今は香港にスポットライトが当たっていますが、8月初旬には、ウイグル人の男性モデルが収容施設内部から撮影したとされる動画を英BBCが放送し、衝撃が広がりました。中国は「再教育施設」だと主張していますが、西側諸国の多くは、事実上の強制収容所だと受け止めています。JPACとしては、ウイグル問題にどのように取り組みますか。
山尾: 「対中政策」を掲げる議連なので、当然今の状況でウイグルを取り上げないということはないと思います。取り上げるべきです。実際、IPACでも香港に対する非難の声明と同時にウイグルについての非難声明も出しています。特にIPACのウイグル問題の理論的な背骨になっているのがドイツ人学者のエイドリアン・ゼンツ氏です。おそらくゼンツ氏が、今の国際社会の中で、ウイグルの、とりわけ人口抑制問題について最もファクトに基づいた報告書を出した方です(編注:ゼンツ氏の報告書では、中国政府がウイグル人など少数民族の女性に対し不妊手術を強制していると指摘している)。中国が直後に「事実無根」だと反論したことからも、一番影響力のある報告書なのだと思っています。こういったものもJPACと連携して共有しながらウイグル問題についても取り組んでいきたいです。先ほど少し言及したウイグルでの強制労働の問題については、オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)というシンクタンクが詳細な報告書を出しています。報告書では、ウイグル人を強制労働力としてサプライチェーンに利用している国際企業が83社公開されており、そのうち11社が日本企業です。そのうち大半が見解を求められて回答を出しているのですが、「指摘を重く受け止めて調査中」「第一次サプライヤーの中にはそのような事実はない」「そのようなことがないように働きかけを行っている」といった具合に、その内容はまちまちです。ただ、サプライチェーンが複雑化する中で、こういった指摘があったからといって企業を即非難するというよりも、そういった企業が守るべき法律や日本の官民連携のリサーチガイドラインを作っていくとか、あるいはまずは日本の民間企業の中でのガイドラインを策定してもらうなどして、きちんとルールを作っていく。それを政府なり私たち政治家がサポートしていくことが大切だと思います。
―― IPACの知見を生かしながら、JPACの存在感を高めていく、ということですね。署名も日本では多く集まったということもあるので、そういった面でも日本が貢献できることはいろいろありそうですね。
山尾: そうですね。JPACの方からIPACの方に、やはり唯一のアジアの共同議長国として積極的に働きかけをしていくということは十分できる状況だと思いますね。東アジアでは日本だけなので、存在感は大きいと思います。IPACとして、西洋の価値観の東洋に対する押し付けではないということをしっかり発信する意味でも、日本をはじめアジアの国がともに活動していくことは非常に重要です。
リベラル側の国会議員に声をあげてほしい
―― 検察幹部の定年延長問題では、芸能人含めて「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグを使ってツイートするなど、抗議活動が広がりを見せました。今回の香港の問題でも関心は高まりつつありますが、まだ定年延長問題ほどではないようです。芸能人の情報発信も、ほとんどありません。日本人にとって香港は遠いのでしょうか。
山尾: 一般の方にしても政治家にしても、全てのことに声をあげる必要は必ずしもありません。それをやりだすと、第1歩が発信できなくなってしまうので、特に一般の人は、そういったプレッシャーを感じる必要はありません。それでも、少なくとも、もう少しリベラルの側の国会議員が意見表明なりして関心を高めてもらえたらいいと思います。なぜならば、「嫌中」の文脈で、この運動をすべきでないと思うからです。人権は普遍的で、それは対中であれ対米であれ同じですが、少なくとも今は中国においては国家による自国民への重大な人権侵害が起きていて、それに対してノーという声を上げることが弾圧されている。それに対して国際社会が声を上げる必要があるという状況でも、私は中国における人権侵害問題は国際問題だと思っています。普遍的な人権を最も大事にするリベラルの立場であるならば、普遍と言うのは「どこの国であっても、誰に対しても」ということなので、そこはやはりぜひ声を上げてほしいと思いますね。
―― そういえば、JPACの設立総会の呼びかけ人に、共産党や公明党の人はいませんでした(編注:呼びかけ人には、自民党、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会、希望の党の国会議員が名を連ねた)。
山尾: 共産党は香港の問題については極めて強い共感を持ってくれていると思っていますし、むしろ共産党が一番強いメッセージを出しているという点で、私はリスペクトしています。「対中政策」という風に、少し議連のレンジが広く取られている点で躊躇されているのではないかと思っています。しかし、どういった形で連携が可能か個別のやり取りは続けていますので、丁寧に説明してお願いしていきたいです。あとは公明党を...やっぱり「人権の公明党」頼む!という感じですね。
―― 自民党にもリベラルの方は多くいらっしゃるはずですが、自民党から呼びかけ人に名を連ねたのは、中谷元衆院議員、山田宏参院議員、有村治子参院議員、長島昭久衆院議員、(会派所属の)藤末健三参院議員の5人でした。やはり党内事情で厳しいのでしょうか。
山尾: う~ん、そうなんですかね。まぁ公明党にしても、人権派で対中のパイプを持っている人にしても、パイプを持っている人の方が誤解なく指摘すべきところを指摘できると思うので、そこは先輩議員ならではの信頼関係や人間関係を、こういう時にこそ使ってほしいです。
―― 設立総会では、3つの活動内容が示されました、もしスケジュール感のようなものをお持ちであれば、お聞かせください。政権側は憲法53条に基づく早期国会開会要求を拒否したので、国会が開くのは9月下旬になる、との見方もあります。具体的に議論が進むのは、それ以降でしょうか。
山尾: 設立総会では1時間という限られた時間の中で一定の具体的提案をする必要があったので、まずは緊急度の高い3つを提案しました。それ以外にも、さらにやるべきことは出てきます。マグニツキー法は、確かに国会が開かれないことには通せないので、その間にできるだけ中身を詰めて各党の理解を広げて準備をしっかり進めていきます。あとの2つは政府への申し入れの問題なので、国会が閉まっていてもできます。できるだけ速やかにやりたいです(編注:インタビューは8月7日に行われた。山尾氏ら議連メンバーは8月12日に首相官邸を訪れて申し入れを行っている)。
国民民主入党で「ポジショントークせずに具体的な議論を」
―― ところで、話はまったく変わりますが、先日、国民民主党に入党したばかりです。党内でどういう形で活躍したいですか。立憲ではできず、国民でできそうなことには、何がありますか。
山尾: 活発な議論なんじゃないでしょうか。政策議論。どんなテーマであれ、ポジショントークをせずに具体的な議論を進めていくことができるということだと思います。それは憲法もしかりだとは思いますけどね。
―― やはり前の党(立憲民主党)だと議論すら無理だったが、国民では議論自体はいい、と。
山尾: 立憲主義的な観点からきちっと積極的に議論していくという、元々立憲民主党が憲法の考え方で掲げていたことを国民民主党でできることを期待していますし、それで役に立つことができたらいいと思っています。先ほど少し話題になりましたが、野党は憲法53条に基づいて、総議員の4分の1以上の署名を集めて臨時国会の開会を要求しています。
憲法上の要求をするからには簡単に屈しちゃ駄目ですよね。
―― 確かに、攻防が長い間続いたという印象はありませんね。
山尾: そうそう。憲法上の要求にもかかわらず、先方(自民党の森山裕国対委員長)が「予算案や法律案、条約案件が今のところない」ことを理由に開会を拒否していると報じられていますが、憲法には「通すべき法案があるとき」なんていう限定はついていません。通すべき法案がないと森山さんが思っているかどうかは全く無関係です。全くの的外れなお答えで、だとしたら野党としてもそれを言わなければならない。署名が4分の1そろっていれば国会を開けるというのが憲法の決まりなので、政府は憲法にしばられている以上守ってくれ、ということです。そこはやはり毅然とした主張をしないといけません。
―― 入党が認められてまだ日が浅いですが、両党の空気感やカルチャーの違いは感じていますか。
山尾: 「比較して」かどうかは分かりませんが、先日行われた国民民主党の両院議員総会では、党の中で作ろうとしている「ウィズコロナ」の社会像、国家像について、玉木代表から中間報告が具体的にあり、それに対して各議員が丁々発止でかなりしっかり意見を言っていました。国会議員以外にも地方議員の方が本当に積極的で、良質な意見を出していたので、意見が活発に出る会議体だと感じました。
候補者調整で「予備選」が大事な理由
―― そんな中で膠着している合流協議なのですが、どのように見ていますか(編注:その後、国民の玉木雄一郎代表は8月11日、立憲から提示された合流条件に同意する一方で、自らは合流新党に参加せず、分党する考えを表明した)。
山尾: 今はこれだけコロナの状況でかなり生活不安が高まっている中で、国民は野党の政局には興味がないと思うんですね。そういう状況の中でなお合流に向けた交渉をするということであれば、それは野党議員の議席維持のためなのか、それともまとまることによって今コロナの状況の中で国民生活を支えきるための具体的な活動ができるのか、というようなところを国民は見ていると思うんです。例えば玉木さんは経済と憲法について言及していますが、合流をすることによってコロナ禍の中で、なんとか自営業の方も含めて見通しが立てるように、不安が少しでも払拭できるように積極的な給付に踏み込んでいくとか、場合によっては一時的な消費減税にも踏み込んでいく、といったことです。このように、なかなか政府が望まない、積極的に踏み込まない提案を実現するためにはバラバラではなくて「大きなかたまり」で声を一つにして迫っていく必要があるので、「大きなかたまり」としての合流をします、というようなことであれば、まだ納得がいくと思います。それをなしに「党名がどうの」とかいう話は、国民から見たら全く関係のない話です。
―― そんな中でも解散総選挙の話がちらつきます。合流するにしてもしないにしても、小選挙区では野党は候補者調整をしないといけません。7月22日付けの毎日新聞「政治プレミア」のインタビューでは、予備選の必要性を唱えていました。これは重要な指摘だと思いました。
山尾: 予備選は大事です。香港でもあれだけ政府の弾圧を受けて大きなプレッシャーを受けながら民主派の候補者は予備選をやり抜きました。米国でも、アレクサンドリア・オカシオ・コルテスというバーテンダー出身の候補者が民主党の予備選を勝ち抜き、ベテランの現職男性議員を民意で押しのけて議席を取っています。「野党共闘」という言葉を使うかは別として、死に票を減らして民意と議席を近づけるために一定の野党内の候補者一本化は必要だと思います。ですが、その一本化の過程が、野党内の閉鎖空間で行われているのだったら透明性を持った民主主義の主張に反するとも思うので、その一本化のプロセスもきちんと透明化して、そこに民意を入れるということは大事だと思うし、結果的に世代交代も進むと思います。
―― 例えばある小選挙区で、立憲、国民、共産でガチンコで予備選をして、立憲の人が勝ったとします。プロセスを透明にする分、「自分は共産党支持者だけど、『本番』の選挙では立憲の人を応援するよ」と、気持ちよく票を投じられるようになるかもしれません。
山尾: いわゆるベテラン議員が選挙区内の議席をずっと確保しておきながら、一方で野党がなかなか弱い選挙区では、複数のまだ経験を積んでいない候補者が並び立って、どっちの候補者が下げられるのかどうかも、いわばその野党内の外側から見えない力関係で決まっていく。このプロセスは全く民主的じゃないと思いますよね。
―― 与野党ともに党首選はそれなりに報道されるので、予備選をやれば、野党への注目も増すかもしれません。
山尾: 単に「擁立が決まった」という記事を読んでも、何の期待もわかないですよね。
―― そうですよね、確かに。そういう仕組みができたら面白いですが、制度設計は大変そうです。それに、永田町には魑魅魍魎がたくさんいるので、どうしたら...。
山尾: そういうことです。その魑魅魍魎を一掃するために世代交代が必要なんです。透明なプロセスでやっていくしかありません。
山尾志桜里さん プロフィール
やまお・しおり
衆院議員、1974年生まれ。東大法学部卒。検事を経て、2009年に衆院愛知7区から出馬し、初当選。民進党政調会長などを歴任。20年3月に立憲民主党を離党し、7月に国民民主党に入党。通算で現在3期目。