マグニツキー法で国会が外交に関与できるようになる
―― 3番目の「マグニツキー法」は、どのような法律ですか。
山尾: オバマ政権のときに米国で審議が始まった法律です。ロシア人弁護士のセルゲイ・マグニツキー氏が、ロシアでビジネスをしていた米国人投資家のビル・ブラーダー氏とロシアの巨額横領を告発し、マグニツキー氏は逮捕されて獄中死しました。これをきっかけに、ブラーダー氏が米国でマグニツキー法の制定を唱えました。対ロシア人権法案として検討が始まりましたが、審議を経てグローバルな法案として成立しています。同様の法律はカナダや英国でも成立し、今はオーストラリアでも検討が進み、オランダを中心にEUにも拡大しています。ピンポイントに中国を対象にした法案ではないのですが、特に対中政策については、経済が成長すれば民主国家、人権国家になるのだという従来の見解を転換し、やはり自由民主主義国家が連携して中国に人権を守らせなければいけないという流れになりつつあることも相まって、マグニツキー法が民主主義国家のいわば標準装備になっているところです。アジアではそれほど広がっていませんが、日本がまずは成立させていくことが大切だと思います。
―― 成立すると、具体的に何ができるようになりますか。人権侵害に関与した人が日本に入国できなくなったり、日本に持つ資産が凍結されたりするのですか。
山尾: メニューとしては、やはり入国させない、資産を凍結するといったことが考えられます。制裁だけではなく救済も可能になるので、先ほど話題になったライフボート政策も、救済政策として当然取りうる手段ということになります。何よりも大きいのは、今、他国民の入国拒否や資産凍結を決めるのは日本政府だけであって、国会はなかなか外交への関与ができませんが、マグニツキー法でそれを変えられる、という点です。政府は外交のしがらみを抱えているので、むしろためらう政府の背中を押すような形で、国会が人権侵害が起きていると指摘することができるようになります。国会の決議があれば、政府に対してまずは調査を義務付けることができるし、調査をしたら当然それは国会、国民に公表して、当然国際社会にも公表することになる。その公表結果に基づいて制裁・救済するという枠組みです。米国ではウイグル人権法案や香港人権法案が成立しましたが、そのベースには、このグローバルなマグニツキー法があります。しかも、当初はトランプ大統領は人権制裁に積極的ではなかったように見えますが、上院下院、右派左派と全部がタッグを組んで議会が法案を可決し、大統領に署名をさせた。別に国会が政府の邪魔をするわけではなく、国会がルートを持つことによって政府の外交姿勢をサポートできる。そういった意味で、マグニツキー法は大きなツールだと思います。
―― JPACの議員立法で想定しているのは、ピンポイントに中国を対象にしたものですか。それとも、グローバルを対象にした法案ですか。
山尾: 米国同様、最初に土台としてグローバルな法律を作り、その上でピンポイントの法案を作っていくというやり方もあるでしょうし、成立したグローバルな法律をもとに、国会として「今香港で人権侵害が起きている、ウイグルで人権侵害が起きている」ということで安倍政権に調査を求め、国会としても調査をすることも可能になります。政府も立法府も調査・公開して制裁救済する、という流れです。ピンポイントの法律がなくても、グローバルな法律の中で遂行、完遂することは可能ですし、「普遍的な正義のためにやっている」という点が重要です。法案の対象を最初から一定の地域に絞ると「普遍的な正義ではなく外交ですか?」と見えてしまうので、その順番は考えるべきです。