渡哲也さん、病と闘った壮絶な俳優人生 被災者や小児がんの子供を励ます

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「自分のことは何を書かれても構わない」

   両親ともに旧家の出身。父は頑固一徹の明治男で厳しく、母は竹久夢二の画から抜け出てきたような評判の美人だった。渡さんはその両方の資質を受け継いでいた。

   寡黙で、毎日新聞の柏木純一記者が97年に刊行した『渡哲也 俺』が唯一の自伝とされる。2年半がかりの丹念な取材。渡さんからの注文は一つだけだった。

「自分のことは何を書かれても構わないが、他人を傷つけたり迷惑をかけたりすることだけは避けて欲しい」

   同書で、俳優の高倉健さん(故人)は、渡さんのことを、こう語っていた。

「家族や石原プロなどを全部背負い、様々なシガラミに縛られながら、辛いこと、やりたくないこと少なくないにちがいないと推察しますが、嫌な顔ひとつ見せず、おくびにも出さず平然とやってらっしゃる。どこかで自分を捨てていらっしゃる・・・」

   趣味は「たき火」。自宅の庭にブロックで小さな囲いをつくり、そこで枯葉や小枝を燃やし、ちらちら揺れる小さな炎と煙に手をかざす。柏木記者の問いかけに、「人生なんて、言ってみれば、流れる雲のようなものですから」と答えている。

   渡さんが到達した心境を、柏木記者は「則天去私」(自我を超え、身を天地自然にゆだねて生きる)と評していた。

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