国が配信を始めた新型コロナウイルスの接触確認アプリ「COCOA」はダウンロード数が1200万件を超えたが、肝心の陽性者の登録は165件にとどまっている(2020年8月7日午後5時現在)。COCOAで陽性者から通知を受けられる機能が始まった7月3日から8月7日までの全国の陽性者数(約2万6千人)の0.6%だ。
伸びない背景を探ってみると、COCOAで陽性と登録する際に入力する「処理番号」が陽性者にすみやかに届かなかったという事例に行き当たった。現場で何が起きているのか、取材した。
COCOAは、ダウンロードしたスマートフォン同士が1メートル以内で15分以上接すると、近距離無線通信規格「Bluetooth」でお互いのスマホ情報を記録。陽性の判定を受けた利用者が「処理番号」を登録すれば、接した記録があるスマホに通知が届く仕組みだ。通知を受けたスマホの持ち主は、「保健所のサポートを早く受けることができる」(厚生労働省)ため、PCR検査を早く受診できるという。
「順番に対応している」「私はその担当ではない」... アプリ使えず「ガッカリ」
この処理番号は、陽性者が出た場合に、保健所の職員らが厚労省の感染者管理支援システム「HER-SYS(ハーシス)」に入力することで発行され、陽性者にメールやショートメッセージで通知される。処理番号が通知されなければ、COCOAをダウンロードしていても、陽性となったことを登録できない。
大阪市の会社経営者の男性(40代)は7月21日、「いつもと違う体調不良」を感じ、翌22日に市内の保健所からコロナの陽性判定を受けた。体調が悪くなる前、取引先と東京や九州で会食したり打ち合わせをしたりするなど「濃厚接触」していた。また持病を持つ身内や幼い子どももいるため、COCOAを通じてなるべく早く接触した可能性のある人に知らせようとした。
しかし、何日経ってもCOCOAに登録するための処理番号は、なぜか届かない。保健所からは連日、異なる職員から体調を確認するための電話がかかってきたため、その度に尋ねると、ある職員は「順番に対応しているのでお待ちください」。別の日に電話してきた別の職員は、男性が陽性判定から数日経っているにも関わらず処理番号がまだ届いていなかったことを知り、「本当ですか」と逆に驚かれた。さらに別の日に電話してきた職員に男性が詰め寄ると、「私はその担当ではなくて...」とうろたえられたという。
保健所の職員間で処理番号に関する男性とのやり取りは引き継がれておらず、マニュアル通りに質問されたように男性は感じた。仕方なく、連絡がつく濃厚接触者には直接連絡を取り、陽性判定について知らせたが、東京や九州に行く際に利用した飛行機や新幹線で近くに座っていた人々には知らせようがない。結局、処理番号が男性に届いたのは1週間以上経ってから。男性は落胆している。
「アプリ(COCOA)が配信されてすぐにダウンロードしたのに、全く機能していないことがわかり、ガッカリしています」
「申し訳なく思っています」と保健所担当者は平謝り 遅れた事情は...
J-CASTニュースは大阪市保健所に取材し、会社経営者の男性のケースについて尋ねた。応対した感染症対策課の担当者は終始、申し訳なさそうだった。
「ご迷惑をかけてしまい、申し訳なく思っています。感染者への相談業務などのため、応援職員や外部委託業者を加えて増員していますが、COCOAや処理番号などの対応について、全ての職員に行き渡っているかというと、不十分な点があるのは事実です」
その上で、処理番号の発行が遅れた背景事情についてこう話した。
「大阪市ではまだHER-SYSへの完全移行ができておらず、陽性者が出た場合に国に入力を代行してもらっています。その過程でお待たせしてしまったのかも知れません」
大阪市はHER-SYSの導入中で、少なくとも導入前の7月末までは、陽性者の情報を保健所の職員が打ち込んでメールで厚労省に送り、それを厚労省の担当者が代わりにHER-SYSに入力して処理番号を発行するという流れだった。こうした「ひと手間」かける作業フローが、処理番号発行の遅れにつながったのかも知れない。
大阪市以外では、保健所を設置する都道府県や政令指定都市など全国155の自治体のうち、東京都と都内23市区、大阪府と大阪市など府内7市が7月末まで利用していなかった。各自治体の個人情報取り扱いの手続きに時間がかかったことなどの理由からだ。
一方、HER-SYSを6月に導入していた名古屋市中心部にある保健所でも、似たような事例が起きていた。
「何のことか分かりません」 保健所の返答に「あほらしくなった」
40代の会社員男性は、39度の高熱や嗅覚・味覚の異変を感じてPCR検査を受けたところ、7月31日に陽性と判明。翌8月1日に保健所に電話し、「COCOAに陽性登録を行う際に必要になる、処理番号が欲しいのですが」と、登録を希望する意思を伝えた。すると、応対した職員は次のように返答したという。
「何のことか分かりません」
職員からは「調べてみる」とも言われなかったという。その後、入院先の調整などのため保健所とは何度も電話したが、COCOAや処理番号について保健所側から話はなかったという。陽性判定から1週間経った6日時点で、処理番号の通知はない。
「真面目に登録しようとしていたのに、あほらしくなったのでやめました。保健所の対応は非常に不満です」(男性)
名古屋市内の保健所をとりまとめている市感染症対策室の担当者は困惑しながらこう話した。
「市内の各保健センターでは市の職員が電話応対も担っており、業務については理解しているはずです。そういうことはちょっと想定できないのですが...」
多忙極める保健所、「対応、後回しになったことも」
大阪市も名古屋市も、7月から8月にかけて、東京と同じように、新型コロナウイルスの感染者が急激に増えている。大都市部での感染者増と保健所の重い負担が影響した可能性はないのだろうか。匿名を条件に取材に応じたある東京都内の保健所の幹部はこう打ち明ける。
「応援スタッフが次々と派遣され、コロナ前から数倍に増員されましたが、特に7月以降は感染者が増え続けており、職員全員が多忙を極めています。陽性者の健康確認、濃厚接触者の追跡、入院・隔離先の調整など、多岐に渡る業務を担っていて、正直、処理番号の発行対応が後回しになったことがあるのは否めません」
保健所の態勢がCOCOAへの陽性登録者数が伸びない理由の1つなのか、実際はわからない。COCOAを運用する厚労省コロナ本部に取材すると、次のようにコメントした。
「COCOAへの陽性の登録はあくまで利用者が自主的に協力していただくもので、強制できるものではありません。あくまで『お願いベース』です。今後も、ダウンロード数や陽性登録件数を増やすべく、丁寧に説明して周知を図りたいと考えています」
7月以降の「第2波」とも言える感染拡大の背景に、無症状の人が感染に気づかないまま、感染をつないでいた可能性が指摘されている。COCOA自体は順調にダウンロードされており、陽性者の登録数が伸びさえすれば、感染拡大防止に効果があることは事実だろう。「ボトルネック」の早期の解消が望まれる。