リニア計画「静岡県の壁」打開策見えず 追い詰められたJR東海の窮地

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   JR東海が計画するリニア中央新幹線(品川~名古屋間)の開業が、予定していた2027年から遅れることが確実になった。ルートがある静岡県が環境問題を理由に着工を拒み、打開策を見いだせないからだ。

   政府が異例の3兆円もの財政投融資を付けて後押しする「国家プロジェクト」が揺らいでいる。

  • リニアが静岡を走る日は(イメージ)
    リニアが静岡を走る日は(イメージ)
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静岡県を通るのは全体の「3%」弱、しかし...

   リニアは2015年に着工した。2027年に開業したら品川~名古屋間を最速で40分、2037年に大阪まで延伸させて全線が開通した暁には東京~大阪間を最速67分で結ぶ。総額9兆円にのぼる巨大プロジェクトだ。あくまでJR東海の「民間事業」だが、大阪延伸を8年前倒しするためとして、3兆円の超低利の財投資金も投じられる。

   リニア品川~名古屋間は東京、神奈川、山梨、静岡、長野、岐阜、愛知の7都県を通り、全長は285.6キロ。このうち、静岡県は3%に満たない8.9キロをかすめるように通るだけで、7都県の中で静岡は唯一、駅が作られない。

   静岡工区は山梨から長野に至る全長25キロの南アルプストンネルの一部だが、大井川上流を管理する静岡県の川勝平太知事が、河川法に基づく許可を出していない。2027年開業には2020年6月中の着工がデッドラインとされていた。具体的には本体工事と切り離し、その準備工事に着手できるかが焦点だったが、県の同意は得られなかった。JR東海の金子慎社長は「ある日を境に無理だと宣言してもあまり意味はない。引き続き少しでも早い開業を目指して努力していく」(7月15日)と述べ、明言は避けつつ、実質的に延期は不可避との認識を示している。

   静岡県が首を縦に振らない理由はいくつかある。静岡に限らず長野、山梨共通の問題として、アルプスの山中で、掘削に伴い出てくる土の処理はどうするのか、また事故時のために避難口を設けるが、1編成(12両)で数百人にもなる乗客を、例えば真冬の山中に逃がして、救助できるのかといった懸念材料は少なくない。

   中でも静岡県が最も問題にしているのが、南アルプスを源流とする大井川の水だ。

専門家会議は打破できるか

   トンネル掘削で湧き出る水が静岡県外に流出し、県民約62万人が生活用水や農業、工業用水として使う大井川の流量が減る懸念があるというのだ。JR東海の試算では湧水は毎秒最大2トンで、トンネル貫通後は別に掘る導水路を使って全量を戻すと表明しているが、工事期間中は一定量が流出することが判明し、静岡県は「一滴も譲らない」と態度を硬化。流域10市町の首長も県を後押しし、解決の見通しは立っていない。

   もう一つ、水を戻して中下流の水量は確保できたとしても、南アルプスの生態系の問題もある。JR東海は、トンネル掘削完了から20年後、地下水位の低下によって渇水期の上流の沢の流量が最大で7割程度減少するとの試算を示している。「南アルプスの希少な生物がいる環境をどう守るか」(難波喬司・静岡県副知事、7月16日) という点も、今後の注目点になる。

   タイムリミットを控え、金子JR東海社長が6月27日、さらに7月10日には国土交通省の藤田耕三事務次官が、それぞれ川勝知事を訪ねて会談し、着工への理解を求めたが、合意には至っていない。

   今後の展開については、水資源問題などを検討する県専門部会と、4月に国土交通省が設置した有識者会議での検討がカギを握るとみられる。特に国交省の有識者会議は、JRと県の協議の難航を受けて、国が前面に出て設けた組織で、「湧水全量の戻し方」と「地下水への影響」を中心に河川工学やトンネル工学の専門家が検討を始めている。

   政治の世界で膠着した問題、特に科学的な専門性の高いテーマの場合、専門家の意見を参考にするのは、新型コロナ禍を見るまでもなく、必要なことだ。成田空港問題では、経済学の重鎮といわれる学者の仲介で円卓会議を設けて反対派農民と国の話し合いが行われ、最終的に、拡張工事の一部変更を経て合意に達したという前例もある。

   こうした場合、省庁が政策へのお墨付きを得るセレモニー化した審議会では話にならない。専門知識を持つ「権威」と、第三者の立場での議論が必須条件になる。この点、国交省も十分に配慮して人選したというが、7月16日の第4回会議後の記者会見で、座長を務める福岡捷二・中央大研究開発機構教授(土木工学)が「方向性が見えてきた。JR東海の計算による限り、トンネルを掘っても下流の水利用に悪影響にならないのではないか」と述べ、川勝知事が後日、「座長がいきなり価値判断をした。事実の提示と価値判断は別個のものだ」と批判するなど、先行きに不透明感も漂う。

「バーター」ではもう解決できない?

   川勝知事の真意について、静岡空港の真下を通る東海道新幹線に、新駅(地下駅)を建設することが狙いという「リニア・新幹線バーター論」も根強くささやかれるが、水問題をこれだけ強く主張してきただけに、「もはや単純な取引をするわけにはいかない」(大手紙経済部デスク)との見方が一般的。

   川勝知事が藤田次官との会談で、自然保護とリニア実現の両立を図る考え方の1つとして、静岡県を迂回するルートへの変更を、静岡県議らの意見として持ち出したことに注目する関係者もいる。

   JR東海の2020年4~6月期の連結決算は、売上高が1287億円と前年同期比73%減り、本業のもうけを示す営業損益が836億円の赤字(前年同期は2062億円の黒字)に転落するなど、新型コロナの影響は甚大。ウィズ・コロナではデジタル化の進展とも相まって、遠距離移動が減る可能性があるほか、外国人観光客の回復も見通せない。開業遅れによる建設費負担も加わり、採算面の見直しを迫られる可能性もある。

   JR東海にはそう長い時間が残されているわけではない。

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