岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
ポートランドの日系人青年が、大統領に「感謝」する理由

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「ポートランドで生まれ育った人間として、この街に法と秩序をもたらしてくれたことに感謝します」

   トランプ大統領宛てのこんなツイートが目に留まった。

   2020年7月29日付で、日系人らしきユーザーネームだった。オレゴン州ポートランドでは、暴徒化した一部の黒人差別に対する抗議デモを鎮圧するために、連邦政府が介入。日米のほとんどのメディアや民主党支持者、そして民主党色が濃い地元ポートランドの住民からも、厳しい批判を浴びてきた。

   しかし、ポートランドへの連邦政府の介入を登録有権者の44%が支持、43%が不支持との世論調査結果もある(Morning Consult/Politico、7月24―26日実施)。

   私はツイートした男性と、話してみたいと思った。

  • 抗議活動が続くポートランド。群衆の奥では、小さいながら炎が燃えている。7月22日、Tedderさん撮影。Wikimedia Commonsより。
    抗議活動が続くポートランド。群衆の奥では、小さいながら炎が燃えている。7月22日、Tedderさん撮影。Wikimedia Commonsより。
  • 抗議活動が続くポートランド。群衆の奥では、小さいながら炎が燃えている。7月22日、Tedderさん撮影。Wikimedia Commonsより。

トランプ氏「ポートランドを助けるためだ」

   その男性にメッセージを送ると、すぐに快諾の返事が届いた。今も彼が住むポートランドは午後10時過ぎだったが、快く電話取材に応じてくれた。日系2世で、名前はヒロキ・カノウ(31)。彼の自宅は、デモ隊と連邦部隊の衝突現場から車で5〜8分の距離だという。

   トランプ大統領宛の彼の感謝のツイートは、次のように続いていた。

「アンティファ(ANTIFA=anti-fascist、反ファシスト)と無政府主義者らは、何年間も手に負えない状態が続いています。抗議デモの暴力に、ついに政府が対処してくれるのか、という思いです。撤退せずに、押さえ込んでほしい!」

   米ミネソタ州で黒人男性が白人警官に首を圧迫されて死亡した事件をきっかけに、ポートランドでは人種差別と警察の過剰な力の行使に抗議するデモが、2か月以上続いている。デモはおおむね平和的に行われてきたが、夜になると郡裁判所や連邦施設を破壊、侵入して放火、窓を割るなどの被害が出ていた。

   トランプ大統領は、「暴徒はアンティファや無政府主義者だ。混乱や暴力行為は、ニューヨークやシカゴ、シアトルなど、愚かな民主党が運営している街で起きている」と批判。2020年7月上旬、国内の歴史的記念碑を守ることを目的とした大統領令のもと、武装した連邦職員を現地に介入させた。

   「ポートランドを助けるためだ。市が無政府主義や煽動者をコントロールできないから、我々が連邦の財産と国民を守る」とトランプ氏は主張している。

母親たちが「壁」を作って抵抗

   ポートランドでは連邦政府の介入を受けて、デモ隊の反発は高まった。暴力や破壊がエスカレートし、もはや戦場と化した。複数の報道によると、連邦職員が発射したゴム弾やこしょう弾で、デモ参加者だけでなく報道陣や救急隊員も負傷しているという。

   母親たちが一列に並んで壁を作り、「私たちの子供らに手を出すな」とデモ隊と連邦部隊の間に立ちはだかった。さらに、父親たちや元軍人らの壁もできた。

   身分証をはっきり示していない迷彩服姿の連邦当局者が、所属表示のない車を使い、説明もなくデモ参加者を拘束した、との批判の声が上がっている。

   7月23日、米司法省のホロウィッツ監察官は、オレゴン地区連邦検事と下院民主党の要請を受け、ホワイトハウス近くのラファイエット広場で行われた抗議デモに対する警察の実力行使と併せて、ポートランドについても政府の規制に従っていたか、事実関係を調査すると発表した。

   オレゴン州や市の指導者は「連邦の権力乱用」だとし、ケイト・ブラウン知事(民主党)は連邦職員について、「占領軍のように振る舞い、暴力を引き起こした」と指摘。ポートランドのテッド・ウィーラー市長(民主党)は「連邦当局に来てほしいと頼んでもいない。介入が事態を急速に悪化させ、破壊行為を拡大させている」と反発、撤収を求めた。

   連邦職員の攻撃で怪我をしたデモ参加者たちについて、日系人のヒロキは言う。

「情報や動画の一部だけを切り取って、連邦職員の暴力ばかりが強調して語られるけれど、連邦職員に(家庭用ではない)花火を投げつけたりして、暴力を挑発しているように僕には見える。すべてがそうではないのかもしれないが、連邦職員や警官が暴力的な手段を使う前に、『その場から撤退しろ、武器を捨てろ』などと何度もメガフォンでデモ隊に伝えている。そして、相手が力で抵抗してきたら、力で押さえつける以外にないのではないか」

   AP通信はマスメディアとしては珍しく、デモ隊のいる外と、連邦の建物内の両方を取材している。外からの攻撃を避けるために明かりを消し、暗がりの中で身の危険を感じながら建物を守る職員の声、負傷する職員の姿も伝えた。デモ隊が発したレーザーを目に受け、失明の可能性が高い職員もいる。

   ポートランドはリベラルな気風が強く、ヒッピー文化の影響も強く受けてきた。ここに住む人たちの多くは、「自分たちの手でコミュニティを作り上げてきた」という思いが強い。

   住民のなかには、「連邦政府は自分たちの街のことに口を挟むな。介入してくるまで、抗議デモは平和的に行われてきた」「暴動が起きているのは、わずか2、3ブロック。街のほとんどは平和だ」と主張する人たちも多い。

「今の民主党を支持したいとは、思えなくなってきたんだ」

   日系人のヒロキは、トランプ大統領が「連邦政府が介入しなければ、今頃、ポートランドはなくなっていた。街は焼き尽くされ、めちゃめちゃに壊されていただろう」とツイートしたことに触れ、「街全体に被害が及んでいるかのようにツイートしたのは、事実ではない」と話した。

「でも抗議デモが始まった当初、街のもっと広い範囲で略奪や暴動が起きた夜は、本当に恐ろしかった。そしてそのあとも、暴力や破壊行為は続いていた。ポートランドではこれまでも何度もいろいろな抗議運動が起き、アンティファは年々、過激になっている。彼らが望んでいるのは、この国を社会主義国家にすることだ。地元政府は手をこまねいて見ているだけで、僕はだんだんイライラしてきた。正直、今回、連邦政府が介入してくるとは、まったく想像もしていなかった。でもそうしてくれたことに、感謝している」

   今回のトランプ氏の動きは、11月の大統領選を目前に「法と秩序」を前面に押し出す戦略であり、法執行機関を政治利用していると、批判されている。

   これに対して、ヒロキは言う。

「それはその通りだ。僕はジョー・バイデンを支持していたんだ。でもコロナ騒動があってからは、もうわからなくなった。今回の暴動は、コロナで経済的にも精神的にも社会不安が大きくなっていることも、影響していると思う。トランプはナルシストで人種差別主義者だ。でも、だからといって、今の民主党を支持したいとは、思えなくなってきたんだ」

   2020年7月25、26日の週末、トランプ大統領が治安対策のために全米主要都市に派遣する連邦職員を増やすと発表したことに抗議するデモが行われ、警察との衝突に発展。テキサス州では死者も出ている。

   7月28日、下院司法委員会公聴会でウィリアム・バー司法長官は、「暴徒と無政府主義者が平和的なデモを乗っ取り、罪のない人たちに無差別な騒ぎと破壊行為を繰り返している」と訴えた。また、ジム・ジョーダン下院議員(共和党)は、暴動の様子や、オバマ前大統領やバイデン氏が口を揃えて「平和的な抗議デモ」とコメントしている動画を流した。

   この動画に対してCNNは、「暴力が平和的だとは言っていない」と反論している。

   トランプ政権は30日、ポートランドの地元警察が連邦政府庁舎を守ることを条件に、一部の連邦部隊を撤退させると発表した。

   連邦部隊に代わって地元当局が取り締まることになり、31日の抗議デモはおおむね平和的に行われた。日系人のヒロキも「今のところ、いい方向に動いているようだ」と、この動きを歓迎していた。

   しかし真夜中を過ぎると、「Black Lives Matter(黒人の命を軽んじるな)」と書かれたプラカードを手にした一部のデモ参加者らが、連邦政府の建物の前で炎の中に星条旗や聖書を投げ入れ焼いた、と「ニューヨークポスト」が報道した。この動画を2百万人近くが視聴し、ネットでも拡散されている。

   ヒロキ自身、以前はかなりリベラルで、抗議デモにも参加してきた。今回のジョージ・フロイド氏の残虐死に対する抗議デモも、支持しているという。

「ただ、参加者の多くは警察予算の半分削減を訴え、一部は警察廃止を叫んでいて、それには賛成できない。警察組織に存在する人種差別は、撤廃しなければならない。そのためには、警官の行為を内外からつねに監視するシステムを作り、現職の警官を一旦全員解雇して、雇い直すことも必要かもしれない。警察の予算の一部を、福祉などのサービスに回すべきだろう。住民と警官との間の信頼を築くことが不可欠だ」

   ヒロキの話を聞いていると、平和に抗議デモに参加している人たちの声と、それほど違うとは、私には思えなかった。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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