菅義偉官房長官が政府の会議で、旅行先でテレワークする「ワーケーション」の推進を表明し、波紋を広げている。「ワーケーション」は仕事(ワーク)と休暇(バケーション)を組み合わせたと新しい働き方で、ここ5年ほどでメディアに登場する回数も増えてきた。
政府としては、新型コロナウイルスの感染拡大による渡航制限でインバウンド需要が落ち込む中、国内で「ワーケーション」を進めることで需要回復を狙う。だが、人が移動することで感染拡大が広がる恐れもある。そもそも「ワーケーション」できる環境の人が限られる上、コロナ禍では政策としては優先順位が高いとは受け止められておらず、現時点では推進への風当たりが強くなっている。
3年間で104 社 910名が和歌山県で「ワーケーション」
菅氏は7月27日の観光戦略実行推進会議で、サテライトオフィスやワーケーションについて、
「新しい旅行や働き方のスタイルとして政府としても普及に取り組んでいきたい」
と述べ、この後行われた定例会見でも、
「インバウンドがきわめて難しい状況なので、まずは国内観光を楽しんでいただく環境をつくっていくことが重要」
などと説明した。
この説明にあるように、ワーケーションの主眼は、国内の観光需要の創出だ。早い段階で取り組みを進めてきたのが和歌山県で、17~19年の3年間で104 社 910名が県内でのワーケーションを体験している。会議には仁坂吉伸知事が出席。仁坂氏は19年11月に発足した「ワーケーション自治体協議会(WAJ)」の会長も務めており、現時点では91自治体(1道9県81市町村)が参加。WAJとしては、省庁横断的な政府として一元化された窓口として「ワーケーション推進本部(仮称)」を設置することや、ワーケーション施設整備への財政措置を求めていく。
JTB執行役員の高崎邦子氏が提出した資料では、ワーケーションが需要喚起につながることも示された。例えば従来の「日帰り+1泊2日」、つまり、木曜日の祝日に日帰り旅行に出かけ、金曜日は通常通り出勤して土日で1泊2日の旅行に出かける場合は、3人家族の消費額は16万7514円と試算。これに対して、水曜夜から旅行先に移動し、現地のテレワークを挟んで月曜午後に帰宅する5泊6日の「ワーケーション制度活用パターン」では、消費額は65万3400円にまで膨らむ。
2017年のウェブ投票でも61.8%「やってみたくない」
「ワーケーション」という単語が誕生した時期は、はっきりしない。ただ、2011年には英BBCが、旅行先でテレワークすることについて議論が起こっているとする記事をウェブサイトに載せている。記事では、この現象の呼び方の案として、「Worliday」「Vocation Vacation」「Workiday」「Holiwork」といった言葉に並んで、「Workation」も登場している。
「ワーケーション」という単語が本格的にメディアに登場しだすのは15年頃からだ。
17年には、日本航空(JAL)の植木義晴社長(当時)が、定例会見で夏休みのワーケーションをアピール。同社で対象になったのは主にデスクワークを行う地上職員で、海外リゾートなど休暇先で最大5日間、遠隔勤務できるという制度だった。制度利用中は給料も支払われて有給休暇にはカウントされない仕組みで、植木氏は
「こういうテレワークできるシステムがあれば、みんなと一緒に旅行しながら、ある半日だけ、あるいは1日だけ仕事をすることによって(旅行を中断して仕事のために戻ったりすることなく)旅行を完遂することができる」
とアピールしていた。
ただ、当時からワーケーションへの世間の抵抗感は高かった。例えば、JALの取り組みを報じたJ-CASTニュースの記事で、「トイダス」の投票機能を活用して
「休暇先でテレワークする『ワーケーション』、やってみたいと思いますか?」
と聞いてみたところ、「やってみたくない」が61.8%にのぼった。
そもそも「休暇中に働く」ことや、自腹で泊まったホテルで仕事しなければならないことへの疑問が多かった。
「趣旨は分かるんですが、なんかずいぶん優雅な話だなと」
それから3年が経ち、人が移動することによる感染拡大リスクが指摘される中でのワーケーション推進の動きだ。疑問視する声も相次でいる。例えば国民民主党の玉木雄一郎代表は7月29日の会見で、「趣旨は分かる」としながらも、恩恵を受ける層が限られることを指摘した。
「趣旨は分かるんですが、なんかずいぶん優雅な話だなと聞こえます。もちろん、バケーションしながらワークできるっていう、そういうのができたらいいですけど、それができる仕事の形態とか、所得階層の人って、どういう人なんでしょうね?」
さらに、検査・隔離・追跡体制の拡充、対象を限定した自粛要請と休業補償のための法的整備の優先順位が高いとして、
「それを横に置いといてワーケーションというのは、私は少し的が外れているのではないかと思います」
とした。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)