外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(15)日米地位協定の死角 在沖米軍に見る感染拡大の実態

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 接触した県民も感染

   沖縄県は16日、米軍キャンプ・ハンセン関係者の乗客を乗せたタクシー運転手の80代男性の感染が確認されたと発表した。14日に症状が出て、15日に受診し、抗原検査で陽性を確認した。米軍と接触した県民で、感染が確認されるのはこれが初めてだった。

   こうして県民への感染の懸念が広がり、米軍の情報公開への批判が高まる中、米海兵隊は16日から、ウエブサイトで米軍内の感染者の行動履歴を記した地図を公表するようになった。感染が確認されていない基地にも感染者が訪れたあとがあり、感染させる可能性のある時期にも基地間移動をしていたことをうかがわせる内容だ。

   これは海兵隊が、陽性者の行動を追跡調査し、14日以内に訪れた建物、日時、時間を記し、感染確認の72時間以内に訪れた場所は赤い印で示している。

   ただ、訪れた場所は基地内に限り、基地外での行動履歴は示されていない。地元民にとっては、最も必要な情報はまだ公開されていないことになる。

   県は18日、感染した米軍関係者のうち、発症する2日前から隔離されるまでの間に、基地の外に出た感染者は、46人に上ると明らかにした。米軍の調査で判明したという。46人の行動歴として、「基地周辺の飲食店やタクシーを利用している」と公表したが、具体的な所在市町村などについては、ここでも公にしなかった。

   ところで、ここまでの話は沖縄に限ったが、在日米軍基地は沖縄以外にもある。河野太郎防衛相は21日午前の記者会見で、「在日米軍が基地ごとの新型コロナウイルスの感染者数を公表する方向で日米間の調整がまとまった」と明らかにした。例外的に沖縄の基地のみで感染者数を公表していた措置を、全国に拡大する。米軍側がホームページやSNSなどを通じ、基地ごとの感染者数を発表するという。

   遅きに失した話だが、感染拡大に直面した沖縄の強い突き上げを受けて、ようやく全国の基地でも「沖縄並み」の公表に踏み切ることになったといえる。

   こうして在日米軍はようやく基地別に感染者数を公開するようになったが、22日のホームページの更新で、同日午前9時現在、沖縄県内ではキャンプ・ハンセンや普天間飛行場など4基地で計124人の陽性が確認され、在日米軍全体の145人の9割を占めていることがわかる。在日米軍の発表では、既に陽性から陰性になった米軍関係者は人数に含まれていないという。

   さらに23日には、嘉手納基地従業員の50代男性の感染が確認された。県のまとめでは、24日現在の累計感染者数は165人。加えて、在日米海兵隊や嘉手納基地は24日午後、42人の新規感染をSNSで公表した。2月以降の県内の累計患者数を上回る勢いで感染拡大防止の有効な手だては見えないままの状態が続いている。

   琉球新報によると、米国防総省の発表では、22日時点の世界の米軍の累計感染者数が2万2769人。米軍事サイト、ミリタリー・タイムズの集計によると、7月第3週の増加率は前週比22%で、4軍のうち海兵隊が30%と最大だったという。世界の感染の傾向が、沖縄でも最も比重の大きな米海兵隊に集約されて表れたとみることができるだろう。沖縄が置かれたこうした状況を、どう理解したらいいのだろうか。

   通常、外国で感染が拡大している場合は、その国からの渡航者や、一定期間滞在した人の入国を拒否するか、2週間の隔離を条件にするのが普通だ。日本の場合、感染者数、死者数が世界最多の米国に対しては入国拒否を続けている。だが米軍は、日米地位協定によって国内法が適用されず、その対象にはなっていない。基地経由で直接入国できるし、日本側の防疫対応もない。

   しかも、基地の中に立ち入りできる日本人は基地従業員らに限られているのに、基地からは、米兵や軍属が自由に地元に出て帰ることが許される。基地の外に住む軍人・軍属もいる。

   日米には、基地の中で感染症が起きた場合、米軍の医療機関が地元保健所に通報し、防疫上の協力を行う2013年の日米合意がある。しかし、具体的な運用は米側に委ねられているため、今回のように、作戦上の必要から、通報しても情報を公開しないように県側に要請するという事態が起きた。

   沖縄県民からすれば、基地の中にいる米兵は、どこから、どのような経路で来た人物か、そして感染者が、地元でいつ外出し、どのような人々と接触したのか、その行動履歴すらわからない状況といえる。

   これは、基地内の人が一方的に地元に出ていけるのに、地元は立ち入りができないという意味では「ブラック・ボックス」に近い。また、米軍が軍人・軍属の行動履歴を掌握しているのに、それが地元に知らされないという点では、基地内からは地元が見えるのに、地元からその内部がのぞけないという意味で「マジックミラー」現象といえる。

   この「非対称」の関係は、戦後連綿と続いてきた。コロナ禍は、その沖縄の苦難の書物に新たな1章、しかも、はなはだ厄介で、いつ終わるかもしれない未完の1章を加えたことになる。

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