メイドさんとオタクたちで守ってきた社交場が、突然の新型コロナウイルスの影響で幕を下ろすことを決めた。
東京・秋葉原にあるメイドカフェの老舗、「シャッツキステ」が2020年6月24日、ツイッターを通じて「閉館(閉店)」が決まったことを伝えた。新型コロナの影響とはいえ、2006年の開店以来独自のスタイルを貫いてきた老舗の閉店は衝撃的だった。
J-CASTニュースでは開店以来店を守ってきた店主・有井エリスさんに話を聞いた。変わりゆく秋葉原と、自身の人生の岐路、そして世の中の動きが合わさって、この責任の重い決断に至った。
メイド好きで始まったオタクの社交場
シャッツキステとはドイツ語で「宝箱」の意味。メイドが営む私設図書館というコンセプトで、料金は時間制、制服は現代風にアレンジされたメイドスタイルではなく、ヴィクトリア朝イギリス風のクラシカルなメイド服。この店を2006年の開店以来運営してきたのは有井エリスさんだ。
2000年代前半はメイドブームが起こり始めていた時期だ。有井さんも学生時代にメイドカフェで働いた経験があり、1人のメイド好きのオタクとして店を立ち上げた。「ちょっと昔の名作アニメに登場するような、お屋敷のメイドさんがいるような場所をイメージしました」というわけで、店舗を飲食店ではなく「作品」というコンセプトで始めた。最初の3年間はメイドたちが営む「屋根裏部屋」、現在地に移転後は「図書館」という設定で続けてきた。
「メイドカフェって、メイドさんの接客・会話を売りにするスタイルもあれば、お客さん同士の交流の場を提供するスタイルもあると思います。オタクの皆さんってもう本当に趣味を究めている人が多くて、そういう趣味をオープンにできる場にしたい、と思って続けることができました。続けるうちにお店がアニメのワンシーンの舞台になったりもして、ここが聖地になったとお客さんも喜んでくれて。二次元と三次元の架け橋になれたかもしれません」
という有井さん。森薫さんのマンガ「シャーリー」の原画展やメイド文化のトークイベントを催したり、また知る人ぞ知るオタクたちの社交場として、ドールやSF関係のイベントも開かれてきた。店内はもちろんマンガや専門書や同人誌が置かれ、客の好奇心をそそる場になっている。秋葉原にメイドカフェが文化として定着する中で、独自の存在として続いてきた。
突如襲い掛かったコロナ禍
ところが、コロナ禍はメイドカフェ業界にも容赦なく降りかかった。シャッツキステでもこれまでのような営業はできなくなる。営業はできても現場のメイドたちは少しの体調不良でも休むことになり、イベントはできず、市中の感染状況次第で臨時休業となる可能性もある。やらなければいけない課題が有井さんの双肩にのしかかった。
実は有井さんは今秋頃から家庭の事情で3年ほど海外で暮らす予定で、また2児を育てる忙しい日々でもあった。有井さんがいなくても運営が回るよう計画してきたものの、店舗を続けるならゼロからの経営の再設計が必要だ。「私不在でこの先の見えない状況を丸投げする事は、ただただメイドたちを苦しめる事になります」と悩んだ。
現場の士気や客が安心できる環境を整えたい責任感、また「家にいて人と接触しないよう推奨される中で、育児のためとはいえ自分は安全な家にいながら、店舗を継続させるために、お客様やメイドたちには出勤や来館を促さなければらない(危険に晒すことを考えなければならない)事に耐えられません」と考えて、幕を閉じることを決めた。
ただ、新型コロナの影響だけでなく、秋葉原やオタク文化のあり方も店を始めた頃とは変わっていたのも確かだと有井さんは話す。知る人ぞ知るマニアックな店が撤退し、再開発で大手資本の小売店が増えてきた。メイドカフェも店員とのコミュニケーションを楽しむスタイルが主流になっている。好きなものを究める昔ながらのオタク像も変わり、オタク趣味を公言しても日陰者扱いされない世の中になった。
「メイドが営む『オタクの遊び場』とのコンセプトのもと、アキバに"在り続ける事"に価値を見出し、力を注いできましたが今回のコロナをきっかけに社会の意識が変わり現実の土地に在る事のメリットは大幅に減りました」
自身の人生の転機や激変した世の中、といった諸事情を鑑みての有井さんなりの決断だった。
「別れを惜しむ期間に」
シャッツキステは「当初来年3月まで営業予定でしたが、2020年中の閉店になるかもしれません」(有井さん)という。メイドのマスク着用などの感染対策も続けるため、シャッツキステ独特の浮世離れした隠れ家感は損なわれるかもしれないが、「最後に行きたいというお客様が、別れを惜しむ期間になればと思います」と語る。秋葉原で営業を続けるメイドカフェへも「大変な状況の中、これからも秋葉原から面白いカルチャーを発信しよう、秋葉原に来る方の憩いの場を続けようと奮闘しているお店があります。皆様頑張ってください。お客様も機会がありましたらぜひ」とエールを送った。
14年間続けた「宝箱」は閉まるが、有井さんは「やりたかったことは全部やりきりました」とのことだ。「単純にメイドと言う存在が好きで、その上で人の役に立てるお店でありたいと思っていました。この場所で知り合って創作活動を始めた人たちもいます。オタクな皆さんにも人生の転機を提供できたのかなと思っています」と振り返る。
これからは「1人のメイド好きに戻って、ゆるく絵や同人誌を描いたりするかもしれません。『田舎町の素朴なメイド』系が好きな方は引き続き宜しくお願いします(笑)」という有井さん。閉店の知らせには惜しむ声や感謝、過去の思い出がネット上にあふれた。オタクな人たちの「好き」が結実してできた文化は、交流の舞台になった場が閉じても継承されていきそうだ。
(J-CASTニュース編集部 大宮高史)