2020年5月25日、黒人男性ジョージ・フロイドさんが白人警官に首を押さえつけられ死亡した事件から、ちょうど2か月が経つ。今回は、この2か月間で私が大きく心を動かされたことについて、書こうと思う。
6月中旬のある朝、何気なくフェイスブック(FB)をチェックしていると、投稿やシェアをほとんどしない友人のロバート(60代、米南部フロリダ州在住)が、黒人差別に対する抗議デモの投稿をシェアしていることに気づいた。
ノースダコタの男子大学生の文章と写真
ロバートは、友人たちがフェイスブックで政治的な投稿をするのが嫌だと、これまで私に何度も語っていた。彼は、同意できない点や批判も時にはあるものの、おおむねトランプ大統領を支持している。
ロバートは最近までニューヨーク市に住んでいたこともあり、彼の友人のなかにはトランプ氏に批判的な人も多い。2016年の大統領選挙で、ニューヨーク市民の79%の票を民主党のヒラリー・クリントン氏が獲得した。
私のアメリカ人の知り合いや取材相手からも、トランプ大統領を支持していることがわかったために、フェイスブックの「友だち」から削除されたという話をよく耳にする。
そんなロバートが、5月30日に中西部ノースダコタ州ファーゴで行われた抗議デモの投稿をシェアしていたのだ。地元に住む男子大学生が書いたもので、ロバートの知り合いではなさそうだ。投稿は、次のような内容だった。
「ファーゴのフロイド・マーチに行った。ワオ! 予想もしていなかったものを見た。ものすごい数の人で、何千人もいたと思う。この辺りでは大きなマーチだ。街の中心を警察署まで行進した。暴動鎮圧の装備に身を固めている警察隊を、初めて見た。暴力的な展開になるのかと想像すると恐ろしかった。
ところがもっと興味深いことが起きた。住民と警官たちがあちこちでおしゃべりを始めたのだ。持ち場に付いている警官も上官たちも隣の市の市長も。ジョークを言い、笑い、お互いを紹介し合っている。あそこでは誰もがただ、人にすぎなかった。参加者らは自分たちの話をし、警官らは警察の事情を話している。お互いの声に耳を傾け合い、理解し合っている。一緒に写真を撮り、友だちになっていた。
行き着くところ、僕らは結局、そんなに違わないんだ。デモに参加し、声を上げてくれた人たち、ありがとう。彼らの声に耳を傾けてくれた警官たち、ありがとう。これが民主主義というものだろう」
投稿には、公園に集まる大勢の人たちやずらりと一列に並ぶ武装警察隊の写真、さらに警官らと話し、握手し、プラカードを手に白人警官と話す黒人ら市民の写真があった。警官も市民も笑顔で、リラックスしているように見える。
「我々はともに立ち上がる。立ち止まりはしない。#ジョージへの正義(Together We Rise. We Will NOT Rest. #JusticeForGeorge)」と書かれた大きな紙を広げ、ともに笑顔で白人警官と写真に収まる黒人の姿もあった。
この投稿を14万人がシェアし、5万2千人が「いいね」などの支持を示していた。共和党支持者も、民主党支持者もいた。党派を越えて共鳴していることに、私は何とも言えない感動を覚えた。
政治的スタンスを明らかにせず投稿
米国の他の街でも、警官たちが膝をついて平和な抗議デモへの連帯を表したり、ともに手を取り行進したりする様子が、時にマスコミで報道されていた。それでも、警官とデモ隊の衝突、ネットで次から次へと流れてくる市民同士の銃撃や殴り合い、略奪や放火などの画像や動画、汚い言葉で罵り合う左派と右派の応酬に、私は気が滅入っていた。
フェイスブックの投稿を読み終えるとすぐに、投稿した大学生、コルビ・ワーゼッカ(21)にメッセージを送った。そしてその後、彼と2時間近く、いろいろな話をした。
コルビはこれまで、フェイスブックにはたまに投稿する程度で、今回も友達や地元の議員が読んでくれたらいいくらいに思っていたという。
「ノースダコタは石油はあるけど、人口も少ないし、ニューヨークなんかと違って、中西部の忘れられた場所なんだ。それなのに全米の注目を浴びたんだから、そりゃあ驚いたよ」
最新のデータによると、ファーゴは人口11万人。白人が85%を占めているの対し、黒人はわずか5%ほどだ。歴史的に共和党寄りの街で、2016年の大統領選挙ではトランプ氏が49.3%、ヒラリー・クリントン氏が38.8%の票を獲得した。
コルビは民主党支持者で、2018年に再選は果たせなかったが、同州選出のハイディ・ハイトキャンプ元上院議員のキャンペーンに関わったことがある。が、投稿した文章からは、彼の政治的スタンスはわからない。
民主党を支持するようになったのは、自らが育った環境のなかで、社会的な経済格差を感じたことと大きな関係があるという。
「今、この国は、民主主義の理想を広めていないし、世界的にも尊敬されていない。トランプ大統領は自分のやりたい放題で、「権力の抑制と均衡」(checks and balances)を保つことができず、三権分立(立法、司法、行政)が機能していない。バーニー・サンダースもジョー・バイデンも、トランプよりはましだ」と主張する。
米国が分断され、党派間で非難の応酬になっていることについて、コルビはこう語った。
「政治について話せば言い合いになり、そこに分断が起きるものだと、多くの人が思っている。でも、データを使い、お互いに冷静に議論できるはずだ。政治の中には、党派の違いに関わらず、アメリカ人として向き合うべきこともある」
抗議運動は米国史上、最大規模に
実際、コルビが投稿したFBのコメント欄でも、一部で非難の応酬が起きている。が、ほとんどの人は、血の通った投稿に「これが本来、あるべき姿だ」と共鳴や感謝の思いを寄せている。
あとで調べてみると、この投稿が公開された数時間後の夜には、ファーゴの街でも略奪や破壊などの暴動が起きていた。が、他の地域と同じように、抗議デモはその後もおおむね、平和的に行われている。
コルビの投稿には、次のようなコメントが寄せられている。
「ほとんどの人は人種差別主義者なんかじゃない。自分の支持政党を推すために、分断をあおる人たちがいる」
「見ていて、泣けてきた」
「希望が見えてきた。僕たちみんなの問題だ。みんなで手を取り合おう」
「誰もがこのようになり得ると、人々は理解していないようだ。同じ警察、同じ武装、同じ集会。人々が礼儀正しく、非暴力で人間的に振る舞えば、こうした光景になる。よい警官と悪い警官は根本的に違うと、メディアは嘘をつきたがる。が、暴動が起きれば、よい警官もよい警官のままではいられない。ただ『本当にひどい』警官はごく一部だ。こうした警官は一掃すべきだし、そもそも雇われるべきではない」
全米、さらに全世界へと一気に広がった黒人差別に対する抗議運動は今もなお続いており、米国史上、最大規模になると見られている。長い歴史のなかで社会に深く組み込まれた「制度的人種差別主義(systemic racism)」の存在に、今回の運動をきっかけに改めて気づいた人も多い。が、同時に、さらなる分断も生んだ。
一部の極右・極左の人たちを除けば、人々の思いはそれほど変わらない。アメリカ人のほとんどが、フロイドさんの死は白人警官による「殺害」であり、警官は厳しく裁かれるべきだと信じている。そして、程度の差こそあれ、今の警察には改革が必要だと感じている。
黒人差別は根深く大きな課題だけに、ともに手を取り合わなければ前進は望めない。そして、双方の声に耳を傾けなければ、国としての成長もない。激しく相手を攻撃し、暴力的な手段を取ることは、憎しみや怒りを増幅させるだけだ。制度は変えられても、人の心にある差別意識を力づくで取り除くことはできない。
1960年代の公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師は、こう語っている。
「私たちは兄弟姉妹として、ともに生きていく術を学ばなければならない。さもなければ、愚か者としてともに滅びることになる」
We must learn to live together as brothers or perish together as fools.
今回、フェイスブックに投稿したコルビに、「投稿の中であなたが民主党支持者と名乗ったら、こんなに大きな反響はなかったと思うか」と聞くと、「そう思う」と答えた。
投稿をシェアした私の友人ロバートがトランプ支持者であり、投稿やシェアすることはほとんどない。そうコルビに伝えると、驚きながら「それは嬉しいね」とつぶやいた。
(随時掲載)
++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。