新型コロナウイルスの世界的流行で苦戦を強いられている航空業界。日本では、夏休みシーズンの到来とともに政府の観光支援策「Go To トラベル」事業が始まり、国内各社は何とか「反転攻勢」のきっかけにしたいと期待する。そんな中、「密」を避けるため、航空機の3人掛けの中央席は空けるべきかという議論が熱を帯びている。
2020年7月上旬、東京・羽田空港から沖縄・那覇空港へ向かう日本航空(JAL)便は、ほぼ満席だった。取引先との商談のために乗った会社員の男性(38)は、機内の混雑ぶりに驚いた。
思わず「密ですよね」と苦笑い 腕や肩触れ合う3人掛け席
男性の座席は前方寄り、3人掛けの窓側の席。左隣の中央席も、前後の列の中央席も、埋まっていた。左隣に座った観光客風の大柄な中年男性と、約2時間40分のフライトの間、腕や肩が何度も触れ合う。何度か腕が触れたあと、思わず男性に話しかけた。
「ほんと、『密』ですよね。困りますよね」
お互い顔を見合わせ、相手の男性も苦笑いしながら返した。
「ですよね。もしマスクしてなければ、うつっちゃいますよね」
JALや全日空(ANA)の広報担当者によると、コロナ禍で今年3~5月は利用客が激減したため、国内・国際ともに多くの路線で運休や減便をした。5月末の緊急事態宣言の解除後は、国内線ではビジネス客を中心に利用客数は徐々に戻り、福岡や那覇など主要路線では搭乗率が8~9割に戻った便も出ているという。
ツイッター上では、「コロナ前」並みに混雑する機内の状況を報告したり、社会的距離(ソーシャルディスタンス)に関する意見を述べたりする投稿が相次ぐ。
「満席で3人掛けも間を開ける事なく 他人と腕が触れ合いながら座ってる状態!!(中略)マスクしてない人も多すぎるよ」
「減便して満席なのが許せない。機内は完全に三密でした。皆さん、気をつけてください」
利用者は評価の「中央席ブロック」 国内大手3社の対応は
緊急事態宣言が出されていた間、大手ではJALとスカイマークが、社会的距離を保つためとして中央席の販売を見合わせていた。一部の利用者の間では「中央席ブロック」と称され、評価する声もあった。しかし、宣言が解除されて利用客が徐々に戻る中、スカイマークは5月末、そしてJALも6月末に、中央席の販売を再開した。
ANAの場合は緊急事態宣言中も、解除後も、中央席の販売を続けている。もちろん、今年5月に運航便数が前年同期比で-85%となるなどこの期間中は利用が大幅に落ち込むとともに、乗客もわずかで大半の便で客席が空席だったため、中央席は空いていることの方が多かった。
各社は今後も、他に空席があり、そこへの移動を乗客が望めば、柔軟に対応するという。
一方、欧米では中央席を空けるかどうかをめぐって論争が沸き起こっている。
米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らが今年7月に投稿した論文(未査読)によると、飛行機が満席の場合はすぐ近くの乗客から新型コロナウイルスをうつされる確率が4300分の1あるが、中央席を空席にすると7700分の1に引き下げられるという。
米アメリカン航空は3月下旬から3人掛けの中央席の半数を空席にしていたが、6月下旬に中央席の販売を7月から再開すると発表。すると、民主党のジェフ・マークリー上院議員が満席の機内の写真をツイッターに投稿し、「信じられないほど無責任だ」と批判した。
こうした指摘は欧州航空安全局などからも出されていたが、座席販売数の制限で利益が大幅に減ってしまう航空業界は当然ながら反発。国際航空運送協会(IATA)は、中央席を空席にする措置を義務化することを推奨しないと表明。空気が循環する客室では感染リスクは低いと考えられるとした上で、IATAの非公式な調査では、乗客間の感染が疑われる事例はなかったとも主張している。
米ユナイテッド航空の幹部は7月1日の記者会見で、中央席を空席にすることについて、PRのための戦略だ。安全のための戦略ではない」と酷評。機内で社会的距離を保つ方策として必要性はないと主張するとともに、マスク着用や機内の換気・清掃こそが安全性に効果があるとした。
最前部窓側と最後部窓側、「感染リスク低い」説も
日本の航空大手も、同様の見解だ。
「IATAが示した見解に基づき、また換気や消毒・除菌の徹底、マスク等の着用など感染防止策に取り組んでおり、(中央席を空席にしなくても)十分に感染リスクを減らすことができると考えています」(ANA広報部)
「感染拡大防止策の初動対応として、スピード感を持って対応できる策として実施しましたが、それ以降、様々な対策を講じることができたため、再開いたしました」(JAL広報部)
「従来より航空機内の換気は徹底していることもあり、利用客数が元に戻ってきていることを踏まえ、(コロナ前の状態に)戻したということです」(スカイマーク広報部)
実際、日本の航空大手も使用している米ボーイングや欧州エアバスの航空機では、病院の手術室の空調設備にも使用されている高性能微粒子(HEPA)フィルターを備えた換気システムを採用。2~3分おきに空気を循環し入れ替えている。
一方、米エモリー大学で2018年に発表された、航空機内でのインフルエンザの感染リスクに関する論文に興味深い記述がある。それによると、最前部の窓側席の乗客の感染リスクが最も低く、次に最後尾の窓側席が低いとしている。トラベルジャーナリストの橋賀秀紀さんが解説する。
「窓側席は通路を行き来する人からの距離が遠いので一貫してリスクが低く、特に最前部はファーストクラスやビジネスクラスになっていて通る人が少なく、感染リスクが低いと論文は結論づけています。また最後尾も、後方に座席が存在せず、後方の乗客から発せられた飛沫を浴びるリスクがないのです。一般的に後方座席は空席が多いので、その点でもリスクが低いと言えます」
この論文に対し、ANA広報部は次のようにコメントした。
「いくつかの意見や考え方があるようですが、一般的に機体メーカーであるボーイングやエアバスなどの技術的な見解の中には、そのような座席により差があるという情報は見当たりません」
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新型コロナウイルスの感染者が東京など都市部で再び増える中、人々の空の旅への意欲は低下したままだ。航空業界は安心・安全な空の旅の「新常態」を提示できるのか。最新事情を3回にわたってレポートする(次回は7月24日午前6時に配信します)。